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『善き人のためのソナタ』

1984年、壁崩壊前の東ベルリン。
旧東ドイツのシュタージ(国家保安省)という監視システム。その忠実な一員であった男を主人公にして、彼が芸術家の監視を命じられたことによりもたらされた変化を描いている。息詰る緊迫感でもって迫ってくる、2時間18分だった。

シュタージの凄腕局員であるヴィースラー大尉は、劇作家のドライマンと、その恋人で舞台女優のクリスタとの生活を監視することになる。

ヴィースラー大尉が学生たちに尋問手法について実例を使って講義する冒頭から、確立された監視システムとそれを実践するヴィースラーの有能さに戦慄を覚える。嘘を見抜き、人の心を追いつめ、隠された情報を吐かせるやり方の冷酷さ。
そして、ドライマンのアパートに盗聴器を設置するシュタージの局員たちの仕事ぶりが、素晴らしく職人技なことには感心させられてしまうほど。

舞台を観て主演女優のクリスタに魅せられたヴィースラーは、彼らを監視することを上司に提案し、クリスタを巡る思惑によってその提案は受け入れられた。芸術家カップルを監視することで知る、自由、愛、芸術。感情など忘れているようだったヴィースラーは、それらをを知ることによって自分の孤独に気づいてしまった。無味乾燥な部屋で娼婦と交わす行為の虚しさに比べて、ドライマンとクリスタが交わす行為には愛がある。屋根裏から毎日毎日盗聴し続けるヴィースラーは、ドライマンに同化したいと思ったのだろう。ドライマンに知られることなく、共犯者となったヴィースラーが哀しい。

ドライマンが危険を冒して行なったことは、芸術家としての矜持を感じさせた。
先日観たチュニジアの演劇『囚われた身体たち』の演出家ファーデル・ジャイビ氏が語った「芸術家は社会に対して問題を提示する役割がある」という言葉を思い出した。

ほとんど表情を変えていないのに、その心の変化がジワジワと伝わってくるヴィースラーが素晴らしかった。
ドライマンとクリスタの睦言をうっとりと聴き、娼婦との語らいを望み、“善き人のためのソナタ”に涙する。
ラストシーンの自信に満ちた表情が忘れられない。

どんな時代でも、人は善へと変わることができるのだ、ということを信じさせてくれる映画。

ヴィースラー役のウルリッヒ・ミューエに見覚えがあるなーと思ていたら、ハネケ監督作品(『ベニーズ・ビデオ』『カフカの「城」』)に出演している俳優だった。
陰鬱で寒々しい雰囲気の映像とか、ヴィースラーの住むアパートなど、キェシロフスキ監督が描いたポーランドを思い出させた。

2007.3.24 シネマライズにて(公式サイト

監督/脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
撮影:ハーゲン・ボグダンスキー
音楽:ガブリエル・ヤレド、ステファン・ムーシャ
出演:ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック、セバスチャン・コッホ、ウルリッヒ・トゥクール、トマス・ティーマ

DAS LEBEN DER ANDEREN/THE LIVES OF OTHERS 2006 ドイツ

追記)映画の中でドライマンの戯曲が壁崩壊前と後の2回上演される。それは、冒頭の場面がほんの少しなのだけれど、その演出が全然違うことにも体制の変化を表していると感じられて、面白かった。工場の労働者が演じているような崩壊前の舞台と、ちょっと前衛的な印象を持たされる崩壊後の舞台。

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コメント

こんばんは☆
どうもTBがココログさんに送れなくなってしまって…ご無沙汰をしてしまいました。
ご覧になられたのですね。
ヴィスラーの表情はあまり変化がなかったけれど、心境の変化はなんとなく伝わってくるものがありました。
後半、なんとなく背中に哀愁を感じてしまって、彼は暗い気持ちでいるのかなと考えたりもしたのですが、ラストの表情だけは自信に満ち溢れていていい感じでした。この辺は大変記憶に残ってます。音楽っていいもんだなあとしみじみ思いつつ…

"it's only for mine"でしたっけ、よかったです。もちろん、独語でしたけど。
クリスタの舞台、私は、あれくらいの規模の劇場で、芝居がみたいぞ!っておもってみてました。
うらやましいです^^;。

シャーロットさん、こんばんは。こちらこそご無沙汰しています。
混んでいるみたいだし、アカデミー賞もとったから、しばらく大丈夫だろうと安心してまして、いつもながら遅い鑑賞になってしまいました。
ヴィースラーの演技は、素晴らしかったです。長い映画だったのですが、集中して観ることができて、最後の表情に報われる思いを抱きました。
“善き人のためのソナタ”が劇中で演奏された時、劇作家のくせにピアノ上手だな、と思っちゃいました。現代っぽい格好良い曲だと気に入りましたが、音楽のガブリエル・ヤレド作曲だそうですね。
美しい音楽に感動する気持ちは失いたくないと思いましたです。

悠さん、こんばんは。
ラストシーンは、本当に良かったですよね。
桟敷席もあったし、中くらいの劇場に思えました。
東京だと、PARCO劇場、紀伊国屋ホール、本多劇場って雰囲気かなーと観てました。
追記しましたけど、2回上演して、その演出の違いが面白かったです。

こんにちは。
トラコメ有難うゴザイマシタ♪
しみじみと感動出来る良作でしたよね(^^)
そうそう! 仰るとおり、ドライマンの”作家”としての使命感からの勇気ある行動も称えなければね!
あの”ソナタ”は 私の好きなガブリエル・ヤレド作曲ですが、実はあまり感動するほどではなかったんですが(私がです)それがちょっと不満で(爆)
ドライマン作のお芝居の違いも面白かったですね!
2週間ほどブログをお休みしますが、また復帰しましたらよろしくお願い致します。(^^)/

こんばんは。
芸術家は、芸術で闘うということ。それを作中の人物にこめた監督の気持ちも伝わってきましたね。そして、その力を信じさせてくれるヴィースラーの描き方が本当に素晴らしかったと思いました。
ところで、『囚われの身体たち』行かれたのですね。いいな~。私はラビア・ムルエと、イルホム劇場に真剣に行こうと思っていたのですが、色々所用その他で…断念(涙)。アラブブームなので、すごく観たかったです。でも(自分のところに書いたことですが)縁があればまた機会があると信じて。
そうそう『パラダイス・ナウ』にもがつんとやられてしまったのですが、アラブの現代モノに惹かれるのは、まさしく
>「芸術家は社会に対して問題を提示する役割がある」
そういうことを体現している方が多いからかもしれません(状況的にそうせざるを得ないというか…)。

マダムSさん、こんばんは。
国家によって芸術が制御されている状況って、恐ろしいですよね。
現在の世界でも検閲がある国もあるようなので、日本は幸せなのでしょう。そのかわり、観客もおとなしめで、受け止めるだけで、反発しないことが不満な演出家もいますけど。
マダムSさんは、ガブリエル・ヤレドがお好きなのですね。
わたしは、この映画で初めて名前を意識しました。映画の中で、ソナタはちょっとしか聴こえなかったですね。もっと聴きたかったです。
しばらくお休みなのですね。復帰をお待ちしておりますー。

わかばさん、こんばんは。
『囚われた身体たち』に反応しましたね。ラビア・ムルエにも行きたかったのですが、結局行かず。ダメですね。会場のにしすがも創造舎が、歩いて5分ほどの近所だったのに。
イルホム劇場も、魅力的だったけど、なかなか。演劇の場合、当日ふらりと行って観るという態勢には、まだなっておりません。歌舞伎くらいかしら。
わたしも、アラブ・ブームに火がついております。
『パラダイス・ナウ』も、絶対観に行くつもりです。
>状況的にそうせざるを得ないというか…
そうなんですよね。国の状況だからというのは大きいと思います。
『囚われた身体たち』のポスト・パフォーマンス・トークで、司会の方が、「この芝居はチュニジアでは観客を巻き込んでの議論になっているそうですが、日本ではそういうことは考えられないのでうらやましい」とおっしゃってました。
確かに、日本の観客はおとなしいです。演出家が煽っても、スルリと受け流しているかんじ。わたしも含めてなんですが、煽られてもピンとこないんですよね。

ぐーてん。
感動作が苦手といういわいさんのボーダーラインに興味があり。
もちろん本作のような良質な感動はOKですね。

ガブリエル・ヤレドはガブリエル・ヤーレですけれどご存知なかったですか??
私はベティ・ブルーとか イングリッシュ・ペイシェントとかの音楽が大好きゆえに、好きな映画音楽作曲家、ベスト5に入りますー。

かえるさん、こんばんはー。
感動を売りにしているような映画(の宣伝)が苦手なのです。その場合の感動は、“=泣ける”なのだと思うのですが、悪く言うと”お涙頂戴”っぽい匂いが感じられてしまって。
感動のボーダーライン、わたし自身も興味あります。フフ
どうして映画を観るのかといえば、感動を求めてなので。最近だと『悪い男』にも感動しました。

ガブリエル・ヤーレという名前には聞き覚えがありますが、映画音楽として覚えていないのですよね。観た直後は好きだと思ったとしても、サントラを買ったりしないと覚えていられない、、みたいです。
かえるさんの好きな映画音楽作曲家ベスト5は、今度どこかで発表してくださーい。

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