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ファミリア・プロジェクト『囚われの身体たち』

“東京国際芸術祭2007”の中東シリーズとして上演された チュニジアの演劇。

チケットを取った時には考えていなかったのだけれど、先日通った“アラブ映画祭2007”とアラブ繋がりなので(共催は、国際交流基金だし)、気持ち的には番外編というか、締めというか。

ファーデル・ジャイビは、中東アラブ世界で最も高い評価を受けている演出家の一人だそう。
本作は2006年6月フランスのオデオン座で世界初演された後、政治的理由でチュニジア本国での上演が見送られていて、去る2月にようやくチュニス市立劇場で連続上演が実現したもの。

自分たちが置かれている国の現状を認識し、社会に向かってその問題を提示しようとするアーティストの志を強く感じることができる作品だった。

ポスト・パフォーマンス・トークが1時間くらいあって、これも興味深く、充実した濃い時間を過ごすことができた。

[ストーリー]
左翼活動家の両親のもとリベラルな価値観の中に育ったアマル。だが9.11の直後、留学先のフランスで唯一神アッラーを見出し、厳格なイスラーム教徒となる。そして帰国から一年後の2005年11月11日。ルームメイトの若い女教師が、職場の高校の中庭に掲げられていた国旗の下で、自爆テロともとれる謎の自殺を決行する。アマルやその友人たちは、この不可解な自殺事件の重要参考人として国家当局の激しい尋問にさらされる。一方アマルの変貌に戸惑う母マリアムは、かつて夫を拷問した尋問官に再会、喉頭癌を患い今はもうしゃべることもできないアマルの父の壮絶な過去が明らかになる。やがて国家権力による激しい拷問の果てに迎える衝撃の結末とは・・・。(チラシより)

建国50周年を2006年3月20日に迎えたチュニジア。

独立を培ってきたリベラルな価値観を持つ古い世代(アマルの両親)と、9.11以後イスラーム的な考え方(原理主義も含む)へと回帰する若者世代(アマルたち)、その世代間のギャップ。更に、国家権力によるそれぞれの世代への弾圧についても描かれていた。
チュニジアを舞台にした話ではあるけれど、若者世代のアイデンティティについて考えさせられる、普遍的な問題を提示しているよう。

2つの正方形を重ねるように塗り分けられた床。その両脇の部分に椅子が置かれ、サンドバッグが吊られているいるだけのシンプルな舞台。

語られるアラビア語の台詞の響きや、ヒジャブ(頭を隠すスカーフのようなもの)を被った女性たちがクルクルと廻る踊りに、アラブな雰囲気を感じさせられて、それがとても魅力的だった。
ヒジャブが、原理主義の象徴みたいな扱いを受けていたことが印象的。

字幕が舞台の上部に表示されるのだけれど、それがちょっと見にくかった(最前列に座っていたから?)のと、激しく応酬される台詞に対応する字幕が、誰の台詞なのかが分かりにくかったことが、ちと残念。全ての台詞を字幕化することは量的に不可能だと思うのだけれど、誰の台詞かわからないと、話の流れについていけないので、ツラいのだった。

ポスト・パフォーマンス・トークは、ファーデル・ジャイビ、ジャリラ・バッカール、ナウェル・スカンドラーニ、司会と通訳の5人。話していたのはフランス語で、とても饒舌に語ってくれた。

しばらく上演禁止になっていて、上演のために300行(15頁)の削除を求められた。それは、イスラム原理主義に対しての立場が示されていないのは、寛容すぎて、国家が誤解されかねないからというのが理由。
最終的に、「国旗の下で自殺を決行した」という1行の削除で、上演が許可されたとのこと。

アーティストの創造はシトワイヤン(市民)として個人と共同体との問題を扱うものである、というアーティストの役割を語る言葉がとても心に残った。
国家は、原理主義の問題は現在のチュニジアには存在しないと言っているが、ジャイビ氏は“ある”と思っていて、でも、それを糾弾するのではなく、理解することが大事だと語った。原理主義が主導権を握った時に、まず矢面に立つのはわたしたちアーティストなのだ、とも。
彼ら(ファーデル・ジャイビとジャリラ・バッカールは夫婦)の18歳の娘が、決してヒジャブを被らない社会であるように、との願いもこめているそう。

2007.3.17 にしすがも創造舎特設劇場にて

原作・脚本・ドラマトゥルク:ジャリラ・バッカール
舞台美術・衣装:カイス・ロストン
照明:イワン・ラバース
振付・音楽:ナウェル・スカンドラーニ

出演:ジャリラ・バッカール、ファトゥマ・ベンサイデン、ジャメル・マダニ、モエッズ・マラベット、バスマ・エラシ、ロブナ・ムリカ、ワファ・タブビ、リアド・ハムディ、ハジェール・ガルサラウィ、カレド・ブジド、ホスニ・アクラミ

Corps Otages

余談)ドラマトゥルクという役割を初めて目にした。チラリと調べたけれど、日本ではあまり知られていなくて、最近話題とか。覚えておこう。

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 このところ芝居を見る気がほとんど起こらない。チラシを見ておもしろそうだなと思うときはあっても、劇場まで足を運ぶのがおっくうだし、二時間近くじっと椅子に座りつづけているのが苦痛なのだ。... [続きを読む]

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