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『モレク神』

太陽』で昭和天皇を描いたアレクサンドル・ソクーロフ監督が、ヒトラーを描いた作品。歴史4部作の第1作目。
第2作目はレーニンを描いた『牡牛座』で、『太陽』は3作目。昨年『太陽』を見て以来、以前の2作品が再上映されることを願っていた。

ソクーロフ 甘美なる映像世界”という2日間の特集で、『モレク神』が上映されると知り、パルテノン多摩まで行ってきた。

1942年の春。ヒトラーは腹心のパウル・ヨーゼフ・ゲッベルスやマルティン・ボーマンたちと、愛人エヴァのいる山荘、ベルヒデス・ガーデンへやってくる。

霧の中に浮かぶ要塞のようなベルヒデス・ガーデン。霧が立ちこめる外通路を、裸のエヴァが自由に動き回る姿を映し出す冒頭。監視されている双眼鏡のフレームに向かって、手を振る奔放なエヴァ。ソクーロフ色の画面に裸の肌が躍動して、美しい。『ファザー、サン』の冒頭でも肌の色は印象的だったけれど、その時の官能的な雰囲気とは違って、生きている人間の力強さ、生命力が感じられた。
ヒトラーにとって、特別な人間だったエヴァ・ブラウン。

Moloch ヒトラーたちが山荘へ到着後、ヒトラーは、出迎えた召使いたちに対して丁寧な申し分のない主人然として接していたのに、突然、激しく感情を高ぶらせ、周囲の人を凍りつかせる。生まれた子犬たちを見せただけなのに。(ヒトラーは愛犬家として知られている。)
機嫌良く饒舌に語っているようにみえたのに、何が理由で激昂するかわからない恐ろしい独裁者。側近は、彼の気まぐれな言葉に臆面もなく追従し、はっきりと物を言えるのは、愛人のエヴァだけなのだ。エヴァと二人きりになると、駄々をこねて子供のようでもある。
エヴァはヒトラーを愛し結婚を望んでいるが、独裁者として超越した存在でありたいヒトラーは、人並みの幸福を忌避している。エヴァの望みに対して語っているうちに興奮し、いわゆるヒトラー風に手を高々と挙げて「団欒も安らぎもない。血と油をつめた腸でも喰らえばいい。」などと演説しているうちにバスタブに落ちそうになる場面は滑稽でもあった。
ピクニックに出かけた先で警護兵に野○ソ姿を覗かれたり、下着姿でエヴァと戯れたり、ただの人間であることが強調されていた。

『太陽』の昭和天皇は、ひとりの人間としての苦悩を持つ存在として描かれていて、監督の愛を感じることもできた。
でも、ヒトラーという偶像を人間として描くやり方は、徹底的に辛辣だった。笑ってしまうくらい不安定なのに、でも、全然笑えない独裁者。神を否定し、自分を特別な人間に見せることに腐心し、それによって自身が追いつめられている卑小な存在だった。

“モレク神”とは、古代セム族が子供を人身御供にして祭った恐ろしい犠牲を要求する神の名前のこと。

それにしても、ソクーロフ監督の映像へのこだわりは凄かった。
歪んだ映像と抑えられた色彩。屋外の場面では、青空が広がっているはずなのに、フィルタがかかった独特な色調になっている。山荘は霧に包まれ、この世ではないみたいだった。

クレジットはロシア語だったけれど、映画ではドイツ語が使われている。
そして、実在する登場人物たちのそれぞれは、写真で知るそれととても似ていた。
でも、ゲッベルスはあんなにクィーアな雰囲気だったのかしらん。

ヒトラーが「アウシュビッツ」という単語を聞きたくないようだったのは、違和感があって印象に残った。

フルトヴェングラーが第9を指揮している映画をみながら、一緒に指揮するヒトラーの姿も。

2007.2.3  パルテノン多摩にて

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
脚本:ユーリー・アラーボフ
ドイツ語翻訳:マリーナ・コーレニェバ
撮影:アレクセイ・フョードロフ、アナトリー・ローディオノフ
美術:セルゲイ・ココーフキン
衣装:リーディヤ・クリユーコヴァ
出演:ヒトラー:レオニード・マズガヴォイ、エヴァ・ブラウン:エレーナ・ルファーノヴァ、ゲッべルス:レオニード・ソーコル、マグダ:エレーナ・スピリドーノヴァ、ボルマン:ウラジミール・バグダーノフ

MOLOCH/MOLOKH  2001 ロシア=ドイツ=日本=イタリア=フランス

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コメント

こんにちは。
やややはり、いらっしゃっていたのですね。
一応、キョロキョロといわいさんのお姿を探してみたのですが・・・。

とにかく観られてカンゲキの念願のモレク神でした。
モレク神って、そういう神様のことだったんですね。
吊り輪もできちゃうエヴァってすごい。

かえるさん、こんにちは。
かえるさんもいらしたのですねー。わたしも、キョロキョロしてたのですが、、
様子がわからないので、ちょっと早めに着いて、開場早々に中に入ってました。初めての場所でしたが、結構広かったですね。

多摩へ行って疲れましたけど、観られて本当に良かったです。
モレク神についての言及は、映画ではされてませんでしたよね。モレク神の意味、広辞苑(第五版)には載ってないけど、英和辞典には載ってました。英語圏では、普通な名詞なのかしら?
吊り輪をやった時はびっくりでした。体操選手だったのでしょうか。
元気に飛び跳ねてましたね。

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2本の新作を含めた6本のソクーロフ作品を鑑賞することができた昨年に引き続き、今年は4月に『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』(06)が、秋には 『牡牛座』(01) が公開予定だなんて嬉しい限り。そして、このたびは、『太陽』鑑賞時にとても興味をもった『モレク神』などを観ることができました。・『モレク神』 Molech 1999 脚本:ユーリー・アラボフ 出演:エレーナ・ルファーノヴァ、レオニード・モズゴヴォイ ヒトラーを描いた本作は、権力者を描いた歴史4部作の1作目で、この後に、レーニンの... [続きを読む]

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