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『キムチを売る女』

Mangzhong“東アジア出身のアート系監督達の伝統を引き継ぐ”という煽り文句に納得。
画面からほとばしる、ギンギンの作家魂!!

中国北部の片田舎、キムチの露天商をして生計を立てている母と息子。

朝鮮族の女性が主人公。不勉強にして、この朝鮮族という言葉は初耳だった。

中国籍韓国人を朝鮮族といいます。彼らのほとんどは「祖国」は中国と考えており、在中韓国人とは区別されています。現在中国には約200万人の朝鮮族がいますが、その多くが吉林省の延辺朝鮮族自治州を中心に中国の東北地方に住んでいます。(公式サイトの説明より)

主人公のチェ・スンヒは、息子のチャンホにハングルを教えている。家ではハングルを話し、同じ朝鮮族の男性と関係を持つ。彼女のアイデンティティは、韓国に繋がっていることで保たれているようにも思えた。

無口で無表情なスンヒの生活が、淡々と描かれる。何人かの男たちが、彼女に関わる。最初のうち親切でいい人に見えた男たちは、最後には彼女に見返りを要求する。いつも同じその構造が、彼女に感情を抑えさせているようだった。関係を持った朝鮮族の男に対してさえ、無表情なままで、感情はみせない。

映画の途中までよくわからなかったスンヒの顔がはっきりと映されたのは、露天商の許可証を発行してくれた女性係官との場面だった。彼女が要求した見返りは「朝鮮舞踊を教えて欲しい」ということ。一緒に舞踊を踊り、一緒にお風呂にはいる二人は、女学生同士のようで可愛らしかった。

絵画的な構図が際立つ画面は、ギンギンに極まっていた。青色が映えて、悲劇を引き立たせる。徹底的に見せない演出と画面構成など、作家魂の炸裂に萌える。
襲いかかる悲劇はスンヒから全てを奪い、その過酷さには震えた。その見せ方さえも、抑制されていて、何も説明しない。

何もかも失ったスンヒがひたすら歩く後ろ姿を映し出すラストシーン。
スンヒは、初めてロングスカートをはき、髪の毛を後ろで束ねて顔を出す。それまで全く動かなかったカメラが、彼女を追いかける。
彼女の顔は映されないけれど、表情はどうだったのだろう。エンドクレジットでも彼女の足音は聞こえ続けた。
悲惨な話なのに、爽快感さえ持たされてしまう、不思議な映画。

それにしても、息子チャンホを演じる子供の顔が素晴らしかった。困ったような不満なような諦めのような、複雑な気持ちを感じられる、味のある顔。
この少年の存在も、忘れがたい。

2007.2.10 シアターイメージフォーラムにて(公式サイト

監督/脚本:張律(チャン・リュル)
撮影:ユ・ヨンホン
美術:チャン・ヘ
出演:リュ・ヨンフィ、キム・パク、ジュ・グァンヒョン、ワン・トンフィ

芒種/GRAIN IN EAR  2005  韓国=中国

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コメント

そうそう、これ以上ないってぐらい悲惨なのに、
何だこの爽快感。
この辺が監督の技量のような気がします。
こいつは侮れないぜ。
延々と続いた静から動へ、
躍動感溢れる後姿といつまでも続く足音が、
いつまでも心に残りました。
中国にいる朝鮮族っていうのも初めて知りました。
考えてみたら華僑や、日本にも在日の方々は少なくなく、
その存在は不思議ではないわけで、
マイノリティスピリッツを感じました。

現象さん、こんばんは。
本当に、不思議な爽快感でした。
わたしは、技量というよりは若々しいエネルギィのようなものを感じてしまいました。
>延々と続いた静から動へ、
これも含めて、隅々まで監督の意図が満たされていた映画だったと思います。
次の作品も同じだったら、ちょっと飽きちゃうかもなーと思いつつ、もの凄ーく期待しています。

あにょん。
この主人公の女性は、マギー・チャン似じゃなかったですか?
あ、そういえば、ラストまで、カメラは一度たりとも動かなかったんですっけ?
ということに今さら気づきました・・・。
フィックスの構図は確かに絵画的な美しさがあるのだけど、ちょっと静的過ぎて、ポストカードちっくにも感じられ、ツァイ・ミンリャンのような強さが足りないなーってやや不服だったんですが、すべてはラストの動のためだったのかしらん?
結婚披露宴にキムチも出したいって、思う女性はかなり希少と思いつつ・・・。
空気はジャジャンクーっぽかったけど、そんな強引さはキムギドクっぽいかも。

かえるさん、こんにちはー。
それほど美人ではないと思って観ていましたの。そういわれれば、マギー・チャン系かもですわね。
フィックスにこだわっているなー、と気になりつつ観ていたので、多分動いていないと思います。かえるさんは不服だったのですね。わたしは、微笑ましかったです。多分、あのラストのためだったのでしょう。その意図も含めて、若々しく思えました。
次の日に観た『恋人たちの失われた革命』にも似たようなアート魂を感じたのですが、受ける”余裕”が全然違いました。そのあたりが、技術の差なのかな、と。はっきりは言えないのですが。
披露宴のキムチは、(彼の気持ちをある程度気づいている?)新婦のスンヒに対する当てこすり的な感情があったのではないかと思いました。

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幼い息子のいる女性を、カメラを据えて淡々と捉える。ひたすら切り取るのみで、つかず離れずの距離を保って主観や偏見を排除する。チープで陳腐な表現でいえばそんなところだが、むき出しの生がヒリヒリと痛かった。ジャ・ジャンクー、キム・ギドクの流れを汲むというチャンリ... [続きを読む]

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その女の生に釘付けになるヒリヒリと鮮烈なアートフィルム。 中国籍韓国人である朝鮮族朝鮮族のスンヒは、中国北部の片田舎に息子と2人で暮らし、キムチを売ることで生計をたてていた。スクリーンに映し出された家屋が絶妙の構図でとても美しくて、アジアの風景なのにエドワード・ホッパーの絵みたいだ。その語り口や映像、そのタッチや空気感は、キム・ギドクっぽかったり、ツァイ・ミンリャンっぽかったりするんだけど、やっぱりジャ・ジャンクーっぽいかな。大陸の情景がそう感じさせるのかな。このドライさの湿度を上げて、もっと... [続きを読む]

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