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3月のまとめ

3月に観たもののまとめ。

映画は、13本。
ちょっと迷うけれど、『うつせみ』が好き。
早稲田松竹で、『灯台守の恋』と『ドア・イン・ザ・フロア』を2本立上映するので(5/6-5/12)、行きたいけどどうだろう。
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』は、ギンレイホールに来そうなので待ち。『SPL/狼よ静かに死ね』は、もう一度観たかったけど、終わってしまった。(昨年の東京フィルメックスで観た)

美しき野獣
うつせみ
サマータイムマシンブルース
灯台守の恋
ヒストリー・オブ・バイオレンス
ブラザーズ・グリム
理想の女
リンダリンダリンダ
ルー・サロメ 善悪の彼岸 ノーカット版
蓮如とその母
PROMISE ー無極ー
Respect 川本喜八郎 プログラムA
Respect 川本喜八郎 プログラムB

芝居は、6本。
う〜ん。どれも期待以上のものではなかったような。
とりあえず、ファンなので「道明寺」ということにしておこう。

劇団四季「オペラ座の怪人」
月影十番勝負第十番SASORIIX「約yakusoku束」

コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」南番
PARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」
三月大歌舞伎 昼の部
 「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」
 義経千本桜「吉野山(よしのやま)」
 菅原伝授手習鑑「道明寺(どうみょうじ)」
三月大歌舞伎 夜の部
 「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」
 「二人椀久」
 「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」

『ルー・サロメ 善悪の彼岸 ノーカット版』

Lousalome 1977年制作『善悪の彼岸』のノーカット版。
天才哲学者ニーチェや詩人リルケの心を虜にした才媛ルー・サロメと、彼女に惹かれて破滅していく男たちを描いている。

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コクーン歌舞伎『東海道四谷怪談』南番

Cocoon_chirashi 第一回コクーン歌舞伎で上演された『東海道四谷怪談』を、串田和美が演出する「南番」。基本的には通常やっている「四谷怪談」。
直前まで新しい演出の「北番」だと勘違いしていたので、慌てて気持ちを切り替えた。

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『三月大歌舞伎』昼の部 千穐楽

March_kabuki歌舞伎座の千穐楽。
チケット購入時、チケットWeb松竹で試しに一等席を選択したら、1列目のほぼ真ん中を確保できてしまった。
これは、取るしかないでしょう!ということで、久しぶりにかぶりつき観劇。

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『うつせみ』

美しく静かな時間がひたひたと過ぎていく。
リアルでもあり、ファンタジィでもあるという表現が可能であることを知った。

Utsusemi 青年テソクは、バイクで街を走りながら留守宅を探す。そして、その家に侵入して、住人が戻るまでのひと時をその家の主であるかのようにくつろぐ。
そんなある日、豪邸に侵入した彼が出会ったのは、孤独な美しい人妻ソナ。そして、テソクはソナを連れて家を出る。

テソクの行動はいつでもほとんど同じ。デリバリィサービスなどのチラシを戸口に張って留守宅を物色し、鍵を開けて侵入する。料理を作ったり、テレビを見たり、洗濯板を使って洗濯をする。同じCDを聴く。壊れているものを修理する。そして、デジカメで部屋の物と一緒に記念撮影する。
パートナとなったソナも、同じように行動するようになる。チラシを張ったり、料理を作ったり、洗濯板で洗濯したり、記念撮影したり。
そんなふうにして、全く言葉を交わすことなく心が通い合っていくふたり。微笑みを取り戻したソナの顔が美しい。

あまりにも刹那的な生活なのに、幸せそうなふたりが切ない。
ずっと言葉を発しなかったソナの口にした言葉が美しくも衝撃的だった。
美しいふたりが迎える結末は、ハッピィエンディングだったのか。

テソクが侵入する家はさまざま。韓国のいろいろなタイプの生活を見ることができて、面白かった。
そして、現代的な生活スタイルの家庭よりも、伝統的な生活スタイルの家庭のほうがゆったりと幸せそうにみえたことは皮肉。

びしっとピントがあっている美しい映像は、物語をリアルに表現しながらも、あまりにも美しいので幻想的な印象も与えてくれていて、素晴らしかった。
まさに、「私たちは現実と幻想の際で生きている」ことを実感させてくれる美しい映画だった。

英語タイトルは、"3-Iron"。確かに、恐ろしく印象的な使われ方をしていたけど。。公式サイトにある"Worldwide Poster Gallery"で、各国のタイトルがわかって面白い。

幻の衝撃デビュー作『ワニ』を、ポレポレ東中野ほかで、晩夏ロードショー決定!だそうだ。(劇場に置いてあったチラシよりの情報)
上映期間中にキム・ギドク監督特集も開催するらしいとのこと。
見逃していた作品を観ることができそうで、うれしい。

恵比寿ガーデンシネマにて(公式サイト

監督/脚本:キム・ギドク
撮影監督:チャン・ソンベク
出演:イ・スンヨン、ジェヒ、クォン・ヒョゴ、チュ・ジンモ

『リンダリンダリンダ』

やっぱ青春っていいよねっ!と素直に思える映画だった。

Linda3 文化祭前日なのに、空中分解寸前のバンド。残ったメンバで、ブルーハーツのコピィをすることにしたが、ヴォーカルがいない。
彼女たちが声をかけたのは、韓国からの留学生。本番に向けて、猛練習の3日が始まる。

文化祭前日のざわついた学校の雰囲気に、高校時代にタイムトリップしたような懐かしさを感じる。準備している時って楽しかったよな、とか思い出す。

で、女子高生たちがバンドをやる。
3日しかないから、「椎名林檎は?」「ムリ!」とか言いながら、ブルーハーツに決定。ヴォーカルいないけど、「ここを最初に通った人にしよう!」とか、結構てきとー。そうして決まったのが、ペ・ドゥナ演じる韓国からの留学生ソン。
言葉がわからないのに勢いでヴォーカルになることをOKしてしまったり、カラオケBOXでの店員とのやり取りなど、韓国人だからなのか、そういう性格だからなのか、ソンはちょっと不思議で面白い。
バンドと出会うことで、友人を持つことができたことを素直に喜んでいることが伝わってきて、かわいい。どうすんの?と思っていた歌も、最後は上手くなってたし。
ガンガンぶつかりながらも前向きな行動が、いいアクセントになっていた。

最初はヒドかった演奏がだんだん巧くなっていって、そして深まっていく絆。
そのあたりの描写が、適度な距離感を持っていて、そんなに甘ったるくないことに好感を持った。
スカートは短くなっても、高校生時代の青いかんじは変わらないと思えて、甘酸っぱい気持ちになれる。

最後は、お約束の試練と、感動のライブ。
ものスゴく上手くなっているのが映画的だけど、ブルーハーツの勢いにのって、「リンダリンダ」と「終わらない歌」を一緒に歌ってしまうエンディング。はっぴ〜!

ベースがなかなかだと思っていたら、"Base Ball Bear”というバンドのベースの子だった。演技もなかなか。淡々としていて良かった。

早稲田松竹にて(公式サイト

監督:山下敦弘
脚本:向井康介、宮下和雅子、山下敦弘
出演:ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織

『サマータイムマシンブルース』

香川県でロケしたという風景が、ちょっと懐かしいような日本の夏で、とってもいいかんじ。高い建物がなくて、五重塔がみえて、寂れた渋ーい映画館があって。

Summertimemachineblues とある大学の「SF研究会」の部室に突然出現したタイムマシン。
で、何をするかといったら、昨日へのタイムトリップ。
SF研究会の5人が昨日へ行って、昨日の自分たち5人と入り乱れての大騒動。

この作品は、「ヨーロッパ企画」という劇団の芝居を映画化したもの。
芝居だとあまり細かいことはできないかもしれないけど、映画ではもう少し突っ込んだ設定でもよかったかも。

提示されていた伏線が、回収されていくのは気持ちよいのだけど、もう少し考えさせてくれる謎があるほうが好み。親切に説明してくれなくてもいいんだけどな。
取りこぼしは無し!という姿勢は、ある意味とても潔いともいえる。

男の子5人の「SF研究会」部室に間借りしている「写真部」の女の子2人が、上野樹里と真木よう子というは、あり得なーい。おいしすぎるでしょ、SF研。
そんな素晴らしい環境なのに、恋愛はさわやかに仄めかすだけというのは、奥ゆかしいというかなんというか。
ここで、ドキドキ感ある恋愛とか青春とかをうま〜くからめてくれたら、と思うけれど、後味軽めの仕上がりということでこれもよし。

ちょこちょこと出てきて、愛くるしさを振りまいていた子犬のケチャが、最後に重要な役回りを果たしてくれた。犬好きなので、この辺もマル。

本日は、初早稲田松竹
場内は広いし、椅子も結構キレイだし、なかなか。
近いことがわかったので、通えそう。

早稲田松竹にて(公式サイト

監督:本広克行
原作/脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
出演:瑛太、上野樹里、与座嘉秋、川岡大次郎、ムロツヨシ、永野宗典、本多力、真木よう子、佐々木蔵之助

月影十番勝負第十番SASORIIX『約yakusoku束』

劇団☆新感線の看板女優高田聖子が、劇団ではできない新しい試みに挑戦しようと1995年から始めたシリーズ《月影十番勝負》のファイナル。
といっても、今回が最初で最後の観劇。

作・千葉雅子、演出・池田成志という組み合わせに引かれた。

東北(?)の港町。都会から来た訳ありの女・奈美子は、市場で働いている。町に馴染んできた頃に、彼女の犯罪を暴露するビラが撒かれた。仲間たちから白い目で見られる奈美子。彼女はビラを撒いたのが誰かを悟り、その男に復讐するために行動を起こす。

奈美子の行く先々で待ち受けているのは男の罠。その攻防が、シリアスなのかギャグなのかブラックなのか、よくわからないテイストで展開していく。
冒頭の東北っぽい訛りの台詞がよく聞き取れなかったせいか、うまく乗り切れなかったけれど、俳優たちのキャラが全て濃いので、絡みはそれなりに面白く観ることができる。

男の正体は何か?奈美子と男との関係は?奈美子を執拗に追いつめるのは何故か?暗い謎がちりばめられ、過去と現在を行ったり来たりしながら、謎が明らかにされていく。

う〜ん。狙いはわかる気はするけれど、説明しすぎ。思わせぶりなだけで終わってしまったような。奈美子が少し壊れていて、近しい人間が望んでいることなら、殺人でも厭わないという性向っていうのは面白いけれど、それを知っていて利用する敵がそれほど恐ろしく思えないので、濃厚さが薄まってしまっている。
挿入されたギャグの一つ一つには笑えるけれど、流れから浮いているように思えて、少し冷めた気持ちになってしまった。

もっとドロドロと暗いほうが好みなので物足りなくはあるけれど、出演陣の濃さには満足。
特に、伊勢志摩の一見マトモなのに実は、、というキャラには引き込まれた。
高田聖子が歌うラストソングは格好良かった。姐さん、歌うまいっすね。

スペース・ゼロにて(公演情報

作:千葉雅子
演出:池田成志
出演:高田聖子、千葉雅子、伊勢志摩、池谷のぶえ、池田成志、加藤啓、木野花

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』

“暴力の歴史”というタイトルの物語は、夫婦や家族の愛、特に妻の愛が試される物語でもあった。

Historyofviolence 田舎町の小さなダイナーを経営するトムは、弁護士の妻と2人の子供たちと幸せな日々を送っていた。しかし、ダイナーを襲った2人の強盗を倒したことにより、一夜でヒーローになった彼の店に、見知らぬ男たちが現れたことにより、妻の不安が広がっていく。

建物から出てくる2人の男を映し出しているだけのオープニングシーンから不穏な緊張感が溢れている。男たちの普通じゃない雰囲気とか、静かにいらだっている様子とか、空気がジリジリと暑いかんじとか。

この2人が強盗で非道な人間であることが示されているので、ダイナーを襲われたトムが2人の男を殺してしまい、ヒーローとして歓迎されることにそれほど不思議な気はしない。正義の暴力というわけだ。

そして、トムの過去を知るという訪問者が現れ、トムに暴力にまみれた過去があるらしいことがほのめかされて、妻に不安が生まれる。
彼女は何が不安だったのだろう。
夫が過去を偽っていたということなのか、偽っていた過去が暴力に満ちているらしいことなのか、夫の過去に関連している男たちがあまりにも危険な人物だったことなのか。

少なくとも映画で描かれるトムの暴力は、彼や家族を守るためにふるわれている。
息子も自分や父親を守るために、暴力をふるっている。(そのきっかけは、父親がヒーローになったことらしいのもまた、皮肉ではある。)
守るための暴力なら、許されるのだろうか。

ラストシーンで、観客は問いかけられているのだろう。

トム役のヴィゴ・モーテンセンは、アクションに殺人マシーンとしての素早さがあって恐ろしかった。決別したはずの過去に淡々と対峙しつつ、家族を愛しているトム。
でも、恐ろしいといえば、過去からの訪問者フォガティ役のエド・ハリス。ダイナーに座って、サングラスを外した時には震え上がるくらい迫力があった。

長年に渡ってクローネンバーグ監督と組んでいるハワード・ショアの音楽は、全編に緊張感を与えている。
エンディングの音楽は、なんとなく明るくて希望を感じることができたことが救い。

原作は、グラフィックノベルというやつらしい。近所の本屋にあったので、ちらりと立ち読みしてみた。日本の漫画と違ってかなり読みにくい。
ストーリィは、かなり違っているように感じた。原作の方がかなり陰惨な印象。
(本当にパラパラと読んだだけなので、違っているかも。。)

東劇にて(公式サイト

監督:デイヴィッド・クローネンバーグ
脚色:ジョシュ・オルソン
音楽:ハワード・ショア
撮影:ピーター・サシツキー
原作(グラフィックノベル):ジョン・ワグナー/ヴィンス・ロック

出演:ヴィゴ・モーテンセン、マリア・ベロ、エド・ハリス、ウィリアム・ハート、アシュトン・ホームズ、ハイディ・ヘイズ、スティーブン・マクハティ、グレッグ・ブリック

A HISTORY OF VIOLENCE  2005  アメリカ=カナダ

『ブラザーズ・グリム』

テリー・ギリアム監督によって作り込まれた童話の世界。

brothersgrimm19 世紀。 兄のウィルと弟のジェイコブのグリム兄弟は、地方の村々を旅して民話を蒐集しながら、魔物退治を行っている有名な兄弟。しかし、退治する魔物の正体は兄弟 たちが仕込んだイカサマだということが、統治国フランスの将軍にばれてしまい、マルバデンの森で発生している、少女失踪事件の調査を命じられた。

妹の医療費を作るために牛を売りに行ったジェイコブが、魔法の豆を持って帰ってくる冒頭のシーンから、いきなり、魔物退治のおどろおどろしい場面ま で時間が飛ぶ。なにか怪しい雰囲気のグリム兄弟。(グリムのスペルは、Mが2つ!)作り込みバリバリだと思っていたら、本当にグリム兄弟の仕込みという設 定だった。

フランスの将軍に雇われて、マルバデンの森の事件に巻き込まれてからは、グリム童話の世界が始まるんだけど、ちょっと物足りなく感じるのは、毒が足りないせい。

水はけが悪くて地面が泥でぐちゃぐちゃとしている村の風景はとても好き。
でも、マルバデンの森は、もう少し暗くて陰鬱であって欲しかった。ちょっと明るくて、セット臭さが漂ってしまう。

印象に残った場面はたくさんあったから、良いことにしよう。
最も印象に残ったのは、水に浮かぶ少女たちの姿。

ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」(ロンドン テイト・ギャラリィ)を思い出させられた。狂って、溺れ死んでいく時のオフィーリアの絵には、美しいけれども息苦しさを感じる。それとよく似た姿の少女たちは、ガラスの靴を履かされた。

女の子の顔が溶けるところも含めて、泥人形(ジンジャブレッドマンって言ってたけど)は面白かったし、狼絡みのCGは好きなテイスト。

すかした将軍の話すフランス訛りの英語とか、拷問を芸術に高めた男が話すイタリア訛りの英語とかも、性格を表しているみたいで笑える。

ヒロイン役が、キーラ・ナイトレイを暗くしてワイルドにした感じだった。ナスターシャ・キンスキーのようにも思えて、かなり好み。

当然、鏡の女王役のモニカ・ベルッチさまの美しさは、素晴らしかった。
鏡に映る美しいお姿とベッドに横たわる恐ろしい姿のギャップが素敵だったし、鏡の破片とともに崩れるサマも美しく、これはじゅーぶん堪能〜。

音楽がいただけないと思っていたけど、同時上映の『ポビーとディンガン』と同じダリオ・マリアネッリ。音楽つながりのセレクションなのか?

ギンレイホールにて(公式サイト

監督:テリー・ギリアム
出演:マット・デイモン、ヒース・レジャー、モニカ・ベルッチ、ジョナサン・プライス、レナ・へディ、ピーター・ストーメア

THE BROTHERS GRIMM  2005  アメリカ=チェコ

『蓮如とその母』

1981年制作の川本喜八郎初の長編アニメ。滋賀県の地方自治体の制作のため一般公開もソフト化もされななかった幻の作品。

本日は、『Respect川本喜八郎』の最終日。この作品は、今日を含めて2回しか上映しないとあって混雑していた。広い方のユーロスペースはほぼ満員。
うれしいことに、川本喜八郎監督が来場して舞台挨拶が行われた。
原作者、脚本、音楽、豪華な声優たちを紹介。そして「この映画はメロドラマなので、<死者の書>のように難しくありません。笑える場面もあるので、遠慮なく笑ってください。」というようなことを話されていた。

室町時代、宗教改革者・蓮如の半生を描いている。

比叡山の僧兵に襲撃されるが、決して戦おうとしない、蓮如の姿。
信者たちは蓮如の教えに帰依してはいるけれど、蓮如や村の生活を守るためには、戦わないわけにはいかない。力に力で対抗することでは、戦いは終わらないと危惧する蓮如。
現在にも通じる普遍的テーマには、答えは出てこない。
彼は、人間が平等であること、教えを守ることにより誰でも救われるということを説くのみである。

蓮如の母親は身分が低く、自分の身分を思って幼い蓮如を寺に残して、身を引くという母の愛についても描いている。人間の差別意識を描いているとのことだけれど、これについては注意して観ていなければよくわからないような、微妙な表現だ。川本監督からの「原作者の平井清隆氏は、同和問題関係の方」という紹介がなければ、意識しなかったかもしれない。

人間ではなく人形が演じることにより、生々しさが薄まっているから、宗教的な物語ではあるけれど、それほど説教臭さを感じずに素直に観ることができた。

蓮如が近江に向かって山越えする場面など、ただ歩いているだけなのに、心に響いたのは、音楽によるところが大きい。武満徹の音楽は、いつの間にか心の奥にはいりこんできて、琴線に触れてくる素晴らしいものだった。

我家的川本喜八郎祭りはこれにて終了。思いがけず監督の挨拶を聞くことができて、うれしい最終日だった。

ユーロスペースにて(公式サイト

監督:川本喜八郎
原作:平井清隆
脚本:新藤兼人
音楽:武満徹
声の出演:小池朝雄、大門正明、渡辺美佐子、池上季実子、三國連太郎、小沢昭一、泉ピン子、高松英朗、黒柳徹子、岸田今日子

『三月大歌舞伎』夜の部

portrait-13th当月は十三代目片岡仁左衛門十三回忌追善狂言を上演するとあって、正面をはいってすぐの左手には、お写真が飾られていた。
二階吹き抜けロビィには、舞台写真がたくさん展示されている。我當さんも、十五代目仁左衛門さんも、どちらもよく似てらっしゃる。
わたしは、残念ながら十三代目さんの舞台を拝見したことがない。
しかし、歌舞伎の芸は、父親から子供たちへと確かに伝えられていることが感じられる。
素晴らしいことだ。

 十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言
一、「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」
   四條河原の場/堀川与次郎内の場
井筒屋伝兵衛と遊女お俊の心中もの。心中そのものではなく、心中に向かうお俊を思いやる母と兄の家族愛が描かれている。

伝兵衛が、お俊に横恋慕する官左衛門を殺して逃走するところまでが、「四條河原の場」。伝兵衛が藤十郎でお俊が秀太郎なので、上方のジャラジャラとした恋仲ぶり。敵役官左衛門は、團蔵でいつも通りの安定感。
そして「堀川与次郎内の場」。お俊の兄で猿廻しの与次郎と盲目の母ぎんの貧しい2人暮らし。我當の与次郎が、ぴったり。母親への情愛があって、ちょっと頼りないような弱々しさがあって、そして真面目。
かなりリアルに役を作っていて、そこが貧乏臭くて地味だとも思える。しかし、お俊と伝兵衛を落ち延びさせることに決めて彼らが奥の部屋へ着替えに引っ込んだ後、母親にすがって泣いた瞬間、その悲しみの感情に心を動かされた。
吉之丞のぎんも、貧しい家の女房には立派すぎるかと思っていたが、子供たちを思いやる気持ちと悲しみが伝わってきて、泣かされる。
門出を祝って猿廻しを見せる与次郎。三味線の音色が、悲しみを際立たせていた。

猿廻し与次郎:我當/遊女お俊:秀太郎/与次郎母:吉之丞/横溝官左衛門:團蔵/井筒屋伝兵衛:藤十郎

二、「二人椀久」

「富十郎と雀右衛門」か「仁左衛門と玉三郎」の組み合わせが久しく定番だったけれど、昨年は仁左衛門が孝太郎と踊った。今月は、富十郎と菊之助という、これまた新鮮な組み合わせ。この組み合わせを初めて聞いた時には、年齢差はもちろんだけれど、舞台に並んだバランスが悪いのではないのか(顔の大きさとか背の高さとか)と、とても驚いた。

菊之助が出てきて、そんなにバランスが悪くないことに、なんだかホッとしてしまった。すっきりとした立ち姿はとっても美しい。椀久との馴染み感が出ればいいんだろうけど、夢の中の松山だから幻想的な美しさということで。
富十郎は、さすがの余裕。こんなにテンポ良かった?と思ってしまう踊りだった。

それにしても、曲が美しい。歌舞伎座は、3階席でも(のほうが?)音が良く聞こえていい。

椀屋久兵衛:富十郎/松山太夫:菊之助

三、「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」河竹黙阿弥 作
   筆屋幸兵衛 浄瑠璃「風狂川辺の芽柳」


明治維新後、侍だった幸兵衛は、筆を売って生計を立てている。しかし、妻には先立たれ、目の不自由な長女とまだ幼い次女、そして乳飲み子の息子の3人を抱えて生活は貧窮。高利貸しから借りたお金を返すことができず、身ぐるみ剥がれた情けなさから、一家心中を決意するも、あまりの辛さに気が違ってしまい、息子を抱えて大川へと身を投げる。最後、幸兵衛も息子も助かって、娘も目が見えるようになって、良かったね。水天宮サマありがとうございます〜。というお話。

こういう暗い役は、幸四郎に合っている気がする。狂っていく様子なども、さすがに迫力あるんだけど、観客が笑ってしまうのは何故?狂っていく凄みみたいなものが、歌舞伎座の大きさでは薄まってしまうせいなのか、動きが滑稽なので単純に笑う客が多いのか。

しかし、暗いお話である。
明治という新しい時代にはなったけれど、庶民の暮らしはちっとも変わらない、という諦めなのだろうか。
最後のオチは、水天宮サマのご利益だし。貧しい人は、よ〜く神様を信心していれば救われることもあるから、死んでは駄目、という説教くさい匂いがした。

長屋の人々が、幸兵衛一家にとてもよくしてあげているのが救いではある。
目が見えない長女役の壱太郎が、目立って好演。(ちょっと鼻につくくらい)
次女役の米吉も、一所懸命さが良かった。

船津幸兵衛:幸四郎/車夫三五郎:歌六/幸兵衛娘お雪:壱太郎/幸兵衛娘お霜:米吉/差配人与兵衛:幸右衛門/長屋女房おつぎ:鐵之助/代言人茂栗安蔵:権十郎/巡査民尾保守:友右衛門/金貸因業金兵衛:彦三郎/萩原妻おむら:秀太郎

<タケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィーク>開催

<タケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィーク>というイベントが 東京オペラシティで開催されるそうだ。(リンク:「武満徹 ─ Visions in Time」映画上映&ギャラリーコンサートスケジュール

☆☆    上映スケジュール ☆☆
4.29[土・祝]
12:00「狂った果実」中平康監督 1956年
15:00「アントニー・ガウディ」勅使河原宏監督 1984年
   「YVE KLEIN LE MONOCHROME」瀬木慎一構成 1963年
18:00「自動車泥棒」和田嘉訓監督 1964年

4.30[日]
12:00「もず」渋谷実監督 1961年
15:00「黒い雨」今村昌平監督 1989年

5.1[月]
12:00「日本の青春」小林正樹監督 1968年
15:00「乱」黒澤明監督 1985年

5.2[火]
12:00「はなれ瞽女おりん」篠田正浩監督 1977年
15:00[ゲストトーク]おすぎ×小室等
   「愛の亡霊」大島渚監督 1978年

5.3[水・祝]
12:00「夢窓 ─ 庭との語らい」J.ユンカーマン監督 1992年
   「京」市川崑監督 1968年
15:00「砂の女」勅使河原宏監督 1964年

5.4[木・祝]
12:00「切腹」小林正樹監督 1962年
15:00[ゲストトーク]仲代達矢×池辺晋一郎
   「怪談」小林正樹監督 1965年

5.5[金・祝]
12:00「×(バツ)」谷川俊太郎+武満徹監督 1960年
   「熱海ブルース」ドナルド・リチー監督 1962年
   「気=BREATHING」松本俊夫監督 1980年
15:00「不良少年」羽仁進監督 1961年
18:00「めぐりあい」恩地日出夫監督 1968年

5.6[土]
12:00「青幻記 ─ 遠い日の母は美しく ─」成島東一郎監督 1973年
15:00「他人の顔」勅使河原宏監督 1966年
18:00「心中天網島」篠田正浩監督 1969年

5.7[日]
12:00「おとし穴」勅使河原宏監督 1962年
15:00「儀式」大島渚監督 1971年

GWは旅行に行くつもりだったんだけど、どうしようかな。
「狂った果実」と「切腹」は観たいし、「砂の女」の悪夢よもう一度。
ただし、定員100名なので、スクリーンは小さい気がする。要確認。

『吉原御免状』隆慶一郎

昨年観た、劇団☆新感線『吉原御免状』の原作を読んでみた。
隆慶一郎の小説は何作か読んでいて、魅力的な人物が登場する痛快時代小説という記憶がある。
これが、作家デビュー作だそうだ。

宮本武蔵に育てられた青年剣士・松永誠一郎は、師の遺言に従い江戸吉原へ赴く。
そして、吉原成立に関わる《神君御免状》をめぐって、吉原と裏柳生との闘いに巻き込まれつつ物語が展開する。
誠一郎の出生の秘密や、徳川家康の影武者説などなど、魅力的な素材が盛りだくさん。(過ぎるほど!)

出てくるキャラクタの立ちっぷりが楽しい。
所々に濡れ場(吉原が舞台ですもの当然なのか)をいれて、飽きさせないサービス精神も素晴らしい。

歴史は変わらないけれど、伝えられていることが真実かどうかはわからない。実はこうだったのかもと思わせてくれるところが時代小説を読む楽しみのひとつ。
そんな楽しみを味わうことができた。

芝居とか映画を観た後に原作を読むと、登場人物のヴィジュアルが限定されてしまうのが難点だったりするのだけど、これは気にならなかった。それは、原作のイメージを損なっていないということではなくて、別の作品として読むことができたということ。
芝居と原作とで、同じエピソードを使っていはいるけれど、違う世界観を感じることができたのだ。原作ファンには、そこが物足りないところかもしれない。

『三月大歌舞伎』昼の部

本日は、十五代目片岡仁左衛門サマのお誕生日〜!
ということで、《お誕生日おめでとうございます》観劇♪

一、「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」
    鶴ケ岡石段の場/大磯曲輪外の場

初めて観る演目。
工藤祐経の家臣近江小藤太と八幡三郎が、大石段の下で出会って立ち回りがはじまる。松嶋家の若手、進之介と愛之助に若さを感じられない。立派な石段の美術が素晴らしいので、負けているような気がする。
この石段に2人が乗ったままで、がんどう返しとなって転換するのが面白い。
3階から観ていたので、ギリギリまで2人が踏ん張っていることがわかった。
転換後は、雪の富士山で、だんまり。かなり豪華だとは思うけれど、並んだときのバランスが微妙だ。曽我五郎(翫雀)よりも朝比奈三郎(男女蔵)のほうが立派に見えてしまう。
それにしても「だんまり」って唐突。

だんまりの時、効果音として鳴らす太鼓のリズムが気持ち悪かった。
伴奏のリズムとあっていない気がしたのだけど、次にもチェックしてみよう。

二、義経千本桜「吉野山(よしのやま)」
佐藤忠信は実は狐だから、たまに狐の動きが出てくるところが面白さではある。幸四郎は確かにあやしい動きだけれど、そういうあやしさでいいの?と思ってしまう。静御前の福助と並んだ時のバランスは良いのだけれど。
最後、花道から飛ばした笠が危うく客席に落ちそうになっていた。かなり狙いをつけていたようなのに全然飛ばないし、逸見藤太(東蔵)が気の毒だった。

   十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言
三、菅原伝授手習鑑「道明寺(どうみょうじ)」
初日に幕見したかったんだけれど、できなかったのが残念。

菅原伝授手習鏡の通しではなく「道明寺」だけだから、菅丞相がなかなか出てこないのだった。

菅丞相が太宰府へ左遷される途中で立ち寄った伯母覚寿の館。

覚寿が苅屋姫を杖で折檻するのを止めさせたのは、菅丞相の声。でも、そこには菅丞相自らが彫った木像しかいないのだった。(ここでは声だけ)
その後、菅丞相暗殺の陰謀が展開。鶏を使って、ちょっとコミカルに話が進む。
贋迎えが連れ出しにきて、やっと菅丞相の登場。
一瞬、顔色悪いけど大丈夫?と思ってしまったくらいに、人間ではない雰囲気。木像の丞相なのだ。素晴らしい。
そして、本物の迎えがきて、生身の丞相登場。苅屋姫との別れもしっとりとしていて、心にしみる。苅屋姫の嘆きからも、丞相への申し訳なさ、別れのつらさが伝わってきて、素晴らしい場面となっていた。

覚寿が大事なこの芝居。話しの流れがとてもわかりやすくなっているのも、芝翫のおかげ。

気品あふれる菅丞相を堪能いたしました。

菅丞相:仁左衛門
判官代輝国:富十郎/宿禰太郎:段四郎/苅屋姫:孝太郎/贋迎い弥藤次:市蔵/土師兵衛:芦燕/奴宅内:歌六/立田の前:秀太郎/覚寿:芝翫

歌舞伎座にて(公演情報

劇団四季『オペラ座の怪人』

どうして『オペラ座の怪人』のチケットを取ったのか忘れてしまった。
あまりにも定番なので観ておいた方がよいと思ったのか、E+のメール作戦に乗せられたか、そのあたりが理由かと想像する。
ちなみに、昨年公開の映画は観ていない。
ブライアン・デ・パルマ監督の『ファントム・オブ・パラダイス』は観たけれど、翻案しているから全く別もの。

とにかく、『オペラ座の怪人』だ。

アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の音楽がとても素晴らしい。
キャッチィだけど重厚で、曲の展開が格好良くて好き。それに、裏メロが耳に残って飽きさせない。
そして、舞台美術もまた素晴らしい。荘厳なオペラ座とか、神秘的な地底湖。なにより、場面転換がとてもスピーディで、もたつくことがない。

だけど、なんだか物足りないといったら、贅沢なんだろうか。
パイプオルガンの音が全然それらしくないところから、ちょっとがっかり。
格好良い音楽というのは、歌うと難しいんだろうけど、何だか音をハズしているように聞こえてしまうのだった。(ハズしているわけではないと思う)
そして、決定的なのはキャストに華を感じられなかったこと。
(これは好みの問題なのかもしれないけど。)

決定版のキャストというのがあるのなら、それを観てみたい気がする。

電通四季劇場[海]にて

『Respect 川本喜八郎』プログラムB

プログラムA(感想はここ)に引き続いて、プログラムBも鑑賞。

『旅〜2006 Remix ver.〜』 2006年/12分
1973年の切り紙アニメ。池辺晋一郎が新たに提供したという曲がよい雰囲気。
旅した先は、キリコ、マグリット、ダリの絵のようにシュールな世界。藤子不二雄(A)や諸星大二郎の漫画も思い出した。

『詩人の生涯』 1976年/19分
安部公房原作の切り紙アニメ。
くすんだ色彩のなかに、母の血の色にそまった赤いジャケツ。このぬくもりが、愛であり、希望なのだ。
でも、ジャケツにはなりたくないものだ。ジャケツジャケツ

『火宅』 1979年/19分
プログラムAでみた『鬼』『道成寺』に続く、不条理三部作の最終作。
能「求塚」をもとにしている。自分に求愛する2人の男をどちらかを選ぶことができずに自らの命を絶った乙女が、地獄に落ちて苦しみ続ける、という恐ろしい話。
川に吹きすさぶ風の表現が素晴らしい。

『いばら姫またはねむり姫』 1990年/22分
岸田今日子作のおとなの童話をアニメ化。チェコのトルンカ・スタジオでの里帰り製作。
母と同じ男を愛してしまった姫君の悲しみ。
ヨーロッパの物語をヨーロッパで作ったことによる説得力。
ベッドシーンまであって、髪の毛の乱れや胸の上下するさま、そのエロティックさにめくるめく。そして、少女から女に変わったことが妖しくも美しく伝わってくる。
ラストシーン、絶望の微笑みと一粒の涙が、全てを語っているようだった。
ず〜っと、みたかった作品。素晴らしかった。うれしい。

ユーロスペースにて(公式サイト

『理想の女』

オスカー・ワイルドの戯曲「ウィンダミア卿夫人の扇」の舞台を1930年のイタリア社交界に移して映画化している。
イタリアの景色とファッションがとても素敵。

agoodwoman ニューヨーク社交界の華メグ・ウィンダミアと夫ロバートは、世界中のセレブが集う南イタリアの避暑地アマルフィへバカンスに訪れた。
そこでメグが出会った魅惑的なアメリカ人女性アーリン。
対照的なふたりの女性が織りなすスリリングな愛と絆の物語。

「いい女は2種類しかいない。全てを知り尽くした女と何も知らない女。」
というコピーが、全てを表しているような気がする。

アーリン役のヘレン・ハントは、「全てを知り尽くした女」の格好良さを貫禄ある演技で魅せてくれる。しっとりと匂いたつような大人の色気。
メグ役のスカーレット・ヨハンソンは、「何も知らない女」の無邪気さと若さあふれる色気。

ふたりの関係をめぐる謎解きは、予告編で想像した通りだったので意外性はなかったけれど、アーリンの真意が明かされた時の切なさは胸にしみた。

映画の原題は「A Good Woman」。善いとか悪いとかは、それほど単純に分かれるものではない。そのことを知ったメグが理想としている「A Good Woman」は、アーリンと出会う前とは違ったものになったはず。

当時の閉鎖的な社交界には、アーリンの自由で自立した考え方は先進的過ぎて受け入れられないけれど、現代に生きているわたしからみればとても自然で魅力的。
そんなアーリンを愛するタピィという男性の存在がうれしかった。

ギンレイホールにて(公式サイト

監督:マイク・パーカー
出演:ヘレン・ハント、スカーレット・ヨハンソン、トム・ウィルキンソン、スティーブン・キャンベル=モア、マーク・アンバース

A GOOD WOMAN  2005   イギリス=スペイン=イタリア=アメリカ=ルクセンブルク

『灯台守の恋』

ブルターニュ地方の突端にあるウエッサン島の神秘的な美しさに魅せられた。
そして、その静かな風景を舞台に繰り広げられる、大人のラブストーリィにも。

lequipierフランスの“世界の果て”といわれる、ブルターニュ地方のウエッサン島にあるジュマン灯台。カミーユは灯台守だった父と、母と暮らした家を売却するために帰郷した。
そして、両親の秘密が隠された一冊の本を発見する。本のタイトルは「私の世界の果て」著者はアントワーヌ・カッサンディ——

とにかくウエッサン島の神秘的な風景が素晴らしい。広大な荒野、巨大な花崗岩の遺跡などの圧倒的な美しさに息をのむ。ケルト文化を色濃く残している風景は、ケルト人の末裔として結束が固い島民たちの姿に説得力をもたせている。
そして、大西洋の激しい波が荒れ狂い、強い風が吹き付けるジュマン灯台のシーンが凄まじく、そこで働く灯台守の過酷さがリアルに迫ってくる。

そんな風景のなかで展開する大人のラヴロマンスは、ため息がでるほどひっそりと静かなものだった。
1963年。灯台守のイヴォンと妻マベ。島にやってきて灯台守の仲間に加わるアントワーヌ。

無口で荒々しい灯台守イヴォンだけれど、よそ者として拒絶されるアントワーヌを受け入れる懐の深さを持ち、妻への深い愛も心に秘めていることが次第にわかってきて、とても魅力的。イヴォンは、マベのためにこの島へやってきて、過酷な灯台守の任務についたのだ。
そんな男の妻であるマベは、美しく知性的な女性だ。彼女の瞳は静かな情熱をたたえている。

「君は特別な女性だ」なんて言うアントワーヌの、静かな微笑み。彼がマベに向ける瞳は、諦めているようで切ないけれどとても強い。

恋に落ちたことをはっきりと語る台詞はないのに、見つめあう視線が雄弁に語っていた。

ギンレイホールにて(公式サイト

監督:フィリップ・リオレ
撮影:パトリック・ブロシェ
音楽:ニコラ・ピオヴァーニ
出演:サンドリーヌ・ボネール、フィリップ・トレトン、グレゴリ・デランジェール、エミリー・デュケンヌ

L'EQUIPIER  2005  フランス

『エレンディラ』のチラシ

PARCO劇場でもらったチラシのなかに、『エレンディラ』の速報があった。

演出 “世界のニナガワ” 蜷川幸雄
原作 “ノーベル文学賞作家” ガルシア・マルケス
脚本 “燐光群”の 坂手洋二
音楽 「ピアノ・レッスン」の マイケル・ナイマン

かなりグロテスクな内容で、それほど長くないという記憶がある「エレンディラ」をどう料理するのか興味深いな、とか。マイケル・ナイマンは、「ピアノ・レッスン」なのね。わたしは、ピーター・グリーナウェイ監督の音楽が大好きだったけど、マイナーだよな、とか。
あれこれ、フムフムというかんじ。

驚いたのは 会場:にしすがも創造舎特設劇場 ということ。

え〜、近所じゃん。
ここは、もともと豊島区立朝日中学校だったところ。選挙に行ったこともある。
調べたら、稽古場として使われていたりするのだった。びっくり。

現在「東京国際芸術祭」を開催中。(これは知ってる。)

こんな何もないところに、蜷川幸雄氏や、マイケル・ナイマン氏が来るのか(多分)と思うと感慨深いものがある。

最寄り駅は、都営三田線西巣鴨駅か都電荒川線新庚申塚駅ですよ。

にしすがも創造舎のサイトは、こちら

PARCO歌舞伎『決闘!高田馬場』

当日券を無事に手に入れることができ、『決闘!高田馬場』を観ることができた。

席に着くと、舞台の幕が開いているのだ。
舞台の奥、真正面の高いところに竹本、長唄、鳴物の人たちがズラリと並んでいるのが、紗幕を通して丸見え。
で、その他にはセットらしきものは見えず、盆があることだけがわかるシンプルさ。歌舞伎座とはまるで異なる空間に、劇場全体が静まり返っている気がして、何だか落ち着かない。

そして、テーマ曲ともいうべき音楽が始まった。
音をマイクで拾っているのか、ちょっと聞き取りにくい。かなりアップテンポなので、歌がうまく乗っていないかんじ。せっかく面白い(と思われる)歌詞が半分くらいしかわからなかったのが残念だけど、このテンポで走り抜くという意思表明だと受け取った。

舞台美術からして、PARCO歌舞伎ならでは。
演奏者たちの位置についてはもちろん、長屋の部屋を表現する手法が秀逸。PARCO劇場のこじまりさを逆手にとったような、狭〜い部屋が楽しい。
ブレヒト幕(って言うらしい。舞台を横切るように渡したワイヤに布を通したり、掛けたりしたもの。ブレヒトが好んで使ったとされる演出幕。byパンフ)の使い方もなるほど〜だし。定式幕には、やられた。

役者たち全員に見せ場があるのが、三谷幸喜らしいところ。主人公の中山安兵衛に絡む長屋の面々がそれぞれ、安兵衛とのいきさつを再現する場面は、特にそう感じられるけれど、ちょっと単調で長いと感じてしまったのだった。これから変わっていくのかな。

染五郎二役、勘太郎二役、亀治郎三役とあって、早替わりも見どころ。
歌舞伎はそれなりに観ているけれど、イリュージョン!って思うくらいに鮮やかで、驚くこともしばしば。

染五郎は、こういう芝居だと色気があって華があって、素敵〜。着物の裾から見える足がちょうどよく色っぽいんだよな。
亀治郎が、歌舞伎味を出す役回りなのかなぁ、と思ってみていたんだけど、どうなんだろうか。パンフには「三谷さんが僕に求めているものが笑いなのか、シリアスなのか、笑いの中のピリッとした締めなのか、その辺が現段階ではつかみきれていないので、手探り状態」と書かれている。堀部ホリと中津川祐範については、その切れっぷりが素晴らしかった。でも、小野寺右京の役は、とても難しい立ち位置だと思う。これからどんどん変わっていくような気がする。
さわやか真っすぐな勘太郎はじめ、萬次郎、高麗蔵、宗之助、橘太郎の長屋の面々は、さすがの安定感。特に、おウメ役の萬次郎は、こんなに目立っているのをみるのは初めてかも。おいしい婆っぷりだった。

安兵衛が走る道筋は悲劇でもあるんだけれど、歌舞伎的省略で見せ場を作りつつ、走り抜けてしまう。卑怯なくらいに格好良い幕切れが素晴らしかった。

PARCO劇場にて(公演情報

作/演出:三谷幸喜
補綴:今井豊茂
美術:堀尾幸男
照明:服部基
出演:市川染五郎、市川亀治郎、中村勘太郎、市川高麗蔵、澤村宗之助、松本錦吾、市村萬次郎、坂東橘太郎

PARCO歌舞伎、当日券ゲット〜!

PARCO劇場で、歌舞伎を上演。それも、三谷幸喜作・演出ということで話題なのだろう、チケット争奪戦にことごとく負けてしまったけれど、どうしても観たい。
当日券を狙うなら、最新号のぴあで当日券情報未定となっている今しかないっ!ということで、気合いをいれた。なんと、10時4分に接続!で、マチネの整理番号1桁を獲得!
しかし、「あくまでもキャンセル待ちであり、整理番号があってもキャンセルチケットが出ない場合には、当日券の販売はない」ということを何回も念押しされて、少々不安になる。ま、駄目だったら映画でも観て帰ろ〜っと、覚悟を決めるしかない。
開演15分前までに受付に行くことになっているんだけど、落ち着かないので、1時間前に渋谷へ到着。ブラブラしつつ、PARCOへ着いたのは、開場時間ちょっと過ぎ。当日券待ちの人は結構いた。番号札をもらっていたのは、19番までだったかと。その全員が当日券を買えたかどうかは不明。どうだったんでしょ?
わたしは、G列を獲得できて、一安心。うれしい〜。

長くなってしまったので歌舞伎の感想は、後で。

PARCO劇場ならではの歌舞伎になっていて楽しめた、と一言だけ。

『Respect 川本喜八郎』プログラムA

kawamoto 先日観た『死者の書』に続いて、川本喜八郎作品を堪能できる短編集。

キャッチフレーズは
「世界の"KIHACHIRO"を日本人だけが知らない…」
って、どこかで聞いたような。

『アサヒビールCM集』 1959年/約5分
TV西部劇シリーズ「ララミー牧場」の番組内で使われたという、西部劇調のCM。
みたことはないけど、懐かしい気がしちゃう。つられてビールを飲みたくなる♪

『花折り』 1968年/14分
壬生狂言に題材を得たデビュー作だそう。日本的な人形の顔が面白い。単純なおはなし。花見と酒とおおらかな笑い。

『犬儒戯画』 1970年/8分
犬たちが疾走するドッグレースで突然の停電。暗闇の中での実況放送。前衛っぽさが漂い、風刺がチクリ。

『セルフポートレート』 1988年/1分

『鬼』 1972年/8分
「今昔物語」の話。中世の夜の暗黒の中、猟師の兄弟に襲いかかったものは‥
意図が不明な物語はそれだからこそ生々しく、人形ならではの不思議な雰囲気。

『道成寺』 1976年/19分
台詞がないことが、更に恐ろしさを増している。男に騙されたと知って追いかける女、その髪の毛がおどろに揺れて、執念の凄まじさを表している。
ラスト、桜吹雪とともに安珍の骨が砕け散っていく表現が素晴らしい。
このプログラムでは、これが白眉。

鶴澤清治作・演奏の曲が雰囲気を盛り上げていた。

『不射之射』 1988年/22分
原作は、中島敦の「名人伝」。弓の名人を目指した若者の修行の歳月。まばたきをしないようにする修行は、人形だから簡単なのだ。道を極めた時に、たどり着いた境地は、凡人には理解不能。妻の存在が気になった。

プログラムBも観たいんだけれど、もうすぐ終了。(3/15まで)

*3/10にプログラムB鑑賞。(感想はここ

ユーロスペースにて(公式サイト

『PROMISE ー無極ー』

映画公開直前に、真田広之がこの映画について語っているのをNHKのニュースでみた。彼は、自分の声を使って欲しいと監督に希望し、中国語をかなり努力して勉強したらしい(びっしりと書き込みをした台本をみせていた)。で、最終的にOKが出て、アフレコをしたけれど、3日の予定が3週間かかってしまったと言っていた。
努力すればいいってもんではないし、必ず結果を伴うわけではないけれど、彼の姿勢は素晴らしい。
『ラスト サムライ』では、出番がない時でも現場でアドヴァイスをしたりとか、『亡国のイージス』の海外(カンヌだったか?)プロモーションをこなしたりとか、彼の情熱は美しい。

ということで、『無極』の感想。
promiseいきなり、牛の大群がCGくさ〜いことに度肝を抜かれる。奴隷の大群もしかり。
実写との親和性が全くないので、作り物であることを隠す気持ちがないのかと疑うほど。そのわりに、長いこと画面に映し出されているので、ちょっと脱力。特殊視覚効果(VFX)スーパーヴァイザは、『少林サッカー』『カンフーハッスル』のセントロ・デジタル・ピクチャーズなので、誇張されたマンガチックなものになることを監督は意図しているのかもしれないけれど、どうなんだろうか。
で、音が大きい劇場なのをいいことに、大笑いしてしまった。

チャン・ドンゴンが、牛の群れに追われて四つん這いで猛スピィドで走るのだ。ご主人様を背中に乗せて、ぐんぐん立ち上がって谷を駆け上っていくところはかなりなもの。

その他のツボは、“セシリア・チャンの人間凧”“ニコラス・ツェーの持っている手の形をした杖”。杖は、“親指を立てたやつ”と“人差し指を立てたやつ”を使い分けしていたようだった。

あらかじめ定められた運命に挑戦する、という壮大な物語の構造はほとんど機能していないように思えるけれど、俳優たちの演技でそれなりに見せてくれた。特に、ラストのシークエンスは、勢揃いでやり合ってて面白かった。
大将軍・光明役の真田広之は、中国語の台詞をモノにしてるし、色気もあった。彼のラヴシーンは初めて見たかも。額のしわに年齢を感じて、ちょっと悲しかったりもしたけど、華鎧がとても似合っていた。
キャストのなかで、最初にクレジットされている、奴隷・昆崙役のチャン・ドンゴンは、素直すぎて物足りない。役としては、おいしいと思うんだけど、、というか主役なのだった(多分)。
憎まれ役の悪い人、北の公爵・無歓役のニコラス・ツェーは、“指差し杖”の威力もあって、とても目立っていた。悪役のキャラが立っていると、お話しは盛り上がるもの。彼の行動が物語を引っ張る、影の主役なのかも。
そして、無歓の手先、黒衣を纏った刺客の鬼狼役リウ・イエも、哀しげで渋い味を出していた。

真田広之以外の北京語ノンネイティブの俳優たちは、吹替えだったのだろうか?
声を知らなければ、それなりに聞こえるということかしら。

サロンパス ルーブル丸の内にて(公式サイト

監督/脚本:チェン・カイコー
撮影:ピーター・パウ
出演:チャン・ドンゴン、真田広之、セシリア・チャン、ニコラス・ツェー、リウ・イエ、チェン・ホン

無極 2005  中国=日本=韓国

『美しき野獣』

男くさいアクション・ノワールな映画なのに、女性客が多いのはやはりクォン・サンウ人気なのだろう。恐るべし韓流人気。

beautifulbeast自分の力のみを信じ、腕力で犯罪を制しようとする凶悪犯罪捜査班の若き刑事、チャン・ドヨン。
あくまでも法に従って事件を解決しようとするソウル中央地検のエリート検事、オ・ジヌ。
正反対に見える2人の男が、偶然、同じ事件に関わり、事件の鍵を握る影の大物ユ・ガンジンを追いつめていくが。

『マルチュク青春通り』を観た時には、なりふり構わない殴り合いを若さのほとばしりと受け取ったけれど、この映画では更にものすごいことになっていた。香港系アクション映画の美しい立回りに慣れた目からは、“ぶん殴った後の拳の行方は知らないぜぃ、1人ぶっ倒したら他の人からボコボコにされてしまったけどそこは根性でやり返すぜぃ”という激しさは、衝撃的に思えるほど。韓国アクションの立回りはこうなのか、かなり痛そうでリアリティはある。

そして、主人公チャン・ドヨン役のクォン・サンウ。まさに、野獣。まったく頭は使わず、殴る蹴る、そして、殴られる蹴られる。こういう肉体派の刑事って、嫌い。それなりに刑事としての嗅覚はもっていたりして、でも怪しいというニオイだけで突っ走って、締上げて吐かせる、というのは嫌なんだけれど、チャン・ドヨンを憎めないのは、彼を動かしているのが正義感ではなく、自分を破壊したい衝動のように思えるから。だいたい、すぐに泣くし。

頭を使わないチャン・ドヨンでは話しが進まない。話しを引っ張っているのは、正義の検事オ・ジヌ役のユ・ジテ。ほっそりとして知的な佇まいが素敵。
本当は、この人が主役だよな、と思ってしまう。

正反対な2人の若者が結びついて、司法や行政と癒着した巨大な悪と戦うという構図は、それほど珍しくないと思っていた。
しかし、2人がどうしようもないくらいに追い詰められていく展開には、予想を裏切る結末が待っている。
野獣になることでしか解決できないという結末は、あまりにも苦く辛い。

全体を通して寒々しく青い映像が、都会の不条理や孤独を強調していた。

東劇にて(公式サイト

監督/脚本:キム・ソンス
脚本:ハン・ジフン
撮影:チェ・サンムク

出演:クォン・サンウ、ユ・ジテ、オム・ジウォン、ソン・ビョンホ、キム・ユンソク、カン・ソンジン、イ・ジュンムン

RUNNING WILD  2005  韓国

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