« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

1月のまとめ

1月が終わったので、振り返ってみることにする。
映画と芝居のバランスをどうするのかは、今年の課題。

映画は、8本。
元旦に、『秘密のかけら』と『天空の草原のナンサ』2本立てを計画していたのに、行くことができなかった。それが今年を象徴しているのか、相変わらず公開終了間際の駆け込み鑑賞が多い。(まだ、『秘密のかけら』をみていないし。。)
『ダウン・イン・ザ・バレー』『ビッグ・スウィンドル!』など、見逃した作品も多い。
今月の1本は、『ある子供』。『ロード・オブ・ウォー』も良かったけど、ダルデンヌ兄弟の職人技を堪能できたので。

ある子供
SAYURI
親切なクムジャさん
天空の草原のナンサ
パッチギ!
マサイ
Mr. & Mrs. スミス
ロード・オブ・ウォー

演劇は、4本。
今月の1本は『贋作・罪と罰』に決まり。
その他の作品には、期待以上ものを感じられなかったのが残念。

NODA・MAP『贋作・罪と罰』(ここここ
時の男〜匂うがごとく今盛りなり
信長
ベガーズ・オペラ

歌舞伎は、5本。今月はこれに体力を奪われてしまったかと。がんばってみたつもりだけど、国立劇場の「曽我梅菊念力弦」を見逃してしまった。これは残念。
今月の1本は、松竹座の「仮名手本忠臣蔵」。わざわざ大坂まで行った甲斐があったと思えた芝居だった。

『壽 初春大歌舞伎』昼の部
「鶴寿千歳」
「夕霧名残の正月」 由縁の月
「奥州安達原」 環宮明御殿の場
「曽根崎心中」
『壽 初春大歌舞伎』夜の部
「藤十郎の恋」
「口上」
「伽羅先代萩 御殿/床下」
『新春浅草歌舞伎』第2部
「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」
  五段目 山崎街道鉄砲渡しの場 二つ玉の場
  六段目 与市兵衛内勘平腹切の場
「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」
松竹座『壽 初春大歌舞伎』昼の部
源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)「義賢最期(よしかたさいご)」
花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)
  「通し狂言 十六夜清心(いざよいせいしん)」
松竹座『壽 初春大歌舞伎』夜の部
「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」
通し狂言「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」
  浄瑠璃「道行旅路の花聟(みちゆきたびじのはなむこ)」
  五段目 「山崎街道鉄砲渡しの場/二つ玉の場」
  六段目 「与市兵衛内勘平腹切の場」

番外では、Dream Theaterのライブ。東京では3日間やって、それぞれのSet Listが全くかぶっていないという、驚異的なプログラム。
全て行けということなんだろうけど、それはちょっとツラいんだよなぁ。

『SAYURI』

ハリウッドが全世界に贈る、「豪華絢爛な芸者ファンタジー」だ。

現代の日本人は、多分、アメリカ人と同じように芸者のことを知らないと思う。
それでも、やっぱり何か違うっていいたくなるのは、日本が舞台だと思ってしまうからなんだろう。
おおむね日本が舞台の映画に思えなかったので、楽しくつっこみながら見ることができた。

sayuri冒頭の場面は、日本語で話しているので「もしや、吹替え版だった?」と一瞬びびる。すぐに、英語のナレーションがはいったので安心したけど。
全編セリフは英語といっているのに、時々日本語が使われてるのは、日本へのサービスなのか、“花街”では英語が公用語ってことなのか。戦後になってから、進駐軍の将校とも普通に話しているし。アメリカ人はどう思うのだろう。

ライヴァル芸者初桃のコン・リーが、いきなりコワい。襟抜きすぎっていうにもほどがあるほどに抜いている。肩甲骨が見えてます。この初桃さんは、売れっ子芸者というわりには、退廃的かんじを漂わせていて、なんだか女郎っぽい。女の情念全開といった演技はさすがだけど。芸者の悲哀を感じさせたのは、彼女だけだったかも。

主人公さゆりのチャン・ツィイー。
さゆりの見せ場“華をどり”での踊りは、外国人の持つ美しい日本舞踊のイメージなのだろうか。メイクは真っ白でコワいし、照明が暗くて雪を降らせ過ぎるので、誰だか分からないから、さゆりを“競ろう”としている男たちにアピールしないように思う。体を反らせばいいってもんじゃないだろうに。
好色な男爵に騙されて着物を脱がされちゃう場面は、エロかったかも。着物を脱がせる時の「シュッ」っていう音を効果的に使っていた。

芸者の師匠、豆葉のミシェル・ヨーは、きっぷの良い姐御のおいしい役。
着物も案外似合っていて、格好良い。

これは、女の映画だから、日本人でも目立っているのは女性キャスト。
置屋のおかあさん、桃井かおりはやはり“桃井かおり”。英語でも、桃井かおり節なのがステキ。
工藤夕貴も、終盤のおいしいところをさらっていた。
それにしても、“パンプキン”って名前はありなの?しかも、字幕では“おカボ”だし。爆笑。

オスカーノミネート俳優渡辺謙よりも、役所広司のほうが英語がうまく聞こえるのはなぜなんだろう。
渡辺謙は、ラストサムライと演技が同じように感じてしまった。

多分、これがアメリカ人が考えている“日本の美”なんだろう、と思ってみてた。
着物の着方が腰のところを絞り過ぎのせいか中国っぽくみえてしまうことがあるのは、仕方ないのね。長襦袢でも、色っぽく見えないのはちょっと悲しい。

関係ないけど、エンドクレジットで、チャン・ツィイーは“ Ziyi Zhang”となっていたけど、コン・リーは“Gong Li”になってた。
コンが姓だと思ってたけど、違うの?

新宿ジョイシネマ2にて(公式サイト

監督:ロブ・マーシャル
出演:チャン・ツィイー、渡辺謙、ミシェル・ヨー、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴、コン・リー

Memoirs of a Geisha  2005  アメリカ

『マサイ』

昨年の11月にプロモーションでマサイの戦士が来日した時から、映画を楽しみにしていた。(その時の日記
ドキュメンタリィ出身の監督による マサイを主人公とした全編マサイ語の映画。

masai干ばつの村を救うために、マサイの少年戦士たちは、伝説の獅子ヴィチュアを狩る旅に出る、という物語。

でも、残念なことに期待していた映画ではなかった。

演技を知らないマサイの人々は、やはりそれだけの演技しかできない。
まぁ、それは良いとしよう。予想していたことだ。
だからなのか、お話しもとても単純。まぁ、それも良しとする。

公式サイトの写真が、とても美しかった。
だから、アフリカの大地、その美しい映像を期待していたのに、それが感じられないのがとても残念。
太陽が強いせいなのか、色の飛んでしまったようなサバンナ。
その割に、ギラギラとした太陽を感じることができない。
朝焼けの光とか夕焼けの情景はとても美しく映されているのに、日中の光には対応できなかったのだろうか。

確かに、マサイの人々は美しかった。
夜の場面、月の光に光る黒い肌は本当に美しい。

そして、とても印象に残った場面もある。
ヴィチュアに向かって走るマサイの少年たちの姿、この疾走感は本当に素晴らしく、ゾクゾクとさせられた。
でも、肝心のヴィチュアとの戦いのシーンについては、少々疑問。サイトの説明によると、「神秘的な演出」とのことだけれど。。

文句ついでに、音楽もドラマティックに盛り上げようとしすぎ。マサイの人々が口ずさむ歌(?)が素晴らしいんだから、そちらをフィーチャして欲しかった。

素人を俳優として使うことは、難しい。
つい先日みた『天空の草原のナンサ』みたいに、実際の生活を延長するような形が最もうまくいくのだろうと感じた。(キアロスタミ監督のアプローチもそうだと思うし。)

この作品のメイキング映像の方が絶対に面白いと思う。

テアトルタイムズスクエアにて(公式サイト

監督:パスカル・プリッソン
脚本:オリヴィエ・ダザ
出演:マイナ・マコ、パルカシオネ
・ムンテット、スワケイ・キピロッシュ、ネメロク・ニクルナ、パウル・セケナン、ムベティ・セレティ

MASAI〜LES GUERRIERS DE LA PLUIE  2004  フランス

『天空の草原のナンサ』

モンゴルの草原に吹く風を感じることができる作品。
パルムドッグ賞を受賞した名優犬ツォーホルも大活躍。

ドキュメンタリィ映画『らくだの涙』のビャンバスレン・ダバー監督の作品。この映画は脚本ありだけど、やっぱりドキュメンタリィのよう。
実際にモンゴルの草原に住む遊牧民一家が出演している。

nansaa6歳の娘ナンサは、子犬を見つけて家に連れ帰るが、父親に飼うことを禁じられてしまう。内緒で飼うことにしたナンサだったが…

遊牧民一家の日常生活を描くけれども、それだけだとドラマがないから、拾った犬をアクセントにしたといった風ではある。
ツォーホルは、さすがの名演。(この際、拾った犬のくせにあまりにもキレイすぎるし、しつけが良すぎるというのは、忘れよう。)

モンゴルには10年位前に行ったことがあるが、その時のことを思い出した。夏でも涼しい草原に設営されたツーリストゲルに泊まった。ゲルの中は案外広くて快適。昼寝していると草の甘い香りが漂ってきて、とっても気持ちよかったこと。
女の子たちは皆、ナンサのように髪飾りをつけていて可愛らしかったこと。

お母さんは、子供にいろいろさせてみる。
ひとりで牛の糞を拾いに行かせたり。「でもやったことないよ」というナンサに「やってみなさい」とひとこと。
ナンサは馬に乗り、ひとりで羊の群れを率いて放牧に出かける。
帰りの遅いナンサを探しに行く時には、お母さんもひらりと馬に乗る。
モンゴルの草原では、自転車に乗るようなものなんだろう。

モンゴルの女の人は、歌が上手だ。
ツォーホルを探しているうちに、雨が降ってきてしまい、困っているところを助けてくれたおばあさんも歌が上手。「黄色い犬の伝説」を話してくれた。
ナンサのおかあさんも、子供たちに楽しそうに歌ってきかせていてとても上手だった。

のどかな生活のようだけれど、近代化の波もひたひたと。

シャンテシネにて(公式サイト

監督/脚本:ビャンバスレン・ダバー
出演:モンゴルで暮らす遊牧民バットチュルーン一家、犬のツォーホル

THE CAVE OF THE YELLOW DOG  2005  ドイツ

『植田正治:写真の作法』

植田正治(1913〜2000)の活動を振り返る写真展。

ueta植田正治の写真は、一言でいえば“モダン”。
横に貼った写真は「パパとママとコドモたち」という1949年の作品。
画面の隅々まで作者の意図が行き届いた写真。砂丘によって分割される割合、人物たちの配置、配色、ポーズにいたるまでが、完全に演出されている。「UEDA-CHO(植田調)」と称されているそうだ。
刺激的な写真ばかり。どうして足が切れているのか。どうして手前部分が色飛びしているのか。どうして端にいる人の顔が歪んでいるのか。全ては、明白な意図のもとに行われている。本当に格好良い。
素晴らしい写真は、いつの時代でも色褪せることなく新鮮だ。

東京都写真美術館の外壁に大きく引き延ばされた写真が貼ってあった。
ロバート・キャパの写真が並んでいて、これらが対極をなすものであることを強く感じた。

東京都写真美術館にて

『ある子供』

ドキュメンタリィのように淡々と映される物語に引込まれる。

lenfantふたりの子供が親になった。
20歳のブリュノは、どうしようもないチンピラだ。盗みをして暮らしをしている。
18歳のソニアは母親となり、先に大人になった。
子供を抱かせたり、洗礼名を決めさせたり、ソニアはブリュノを父親として扱うけれど、ブリュノには自覚がない。
そんなブリュノに気づいているのかいないのか。ふたりの世界は、幸せなようにみえるけれども、あまりにも危うい。
そして、ブリュノは子供を売ってしまう。

ブリュノに対してソニアが取った行動。
ブリュノは、過ちに気づいたのか…

このラストを全く予想していなかったので、本当に驚いた。
彼らの未来に、わずかでも希望の光が射し込んだのだと思いたい。

刹那的で無軌道、何よりも無感動なブリュノのリアリティ。
ダルデンヌ兄弟は、「“演技”ではなく“動き”を入念にリハーサルし、撮影では何度もテイクを繰り返す」ことにより、自然なものを作っているそうだ。
エンドクレジットで、ジミー役を演じた名前の羅列に驚いたが、21人もいたらしい。

熟練の技を堪能できる95分。

恵比寿ガーデンシネマにて(公式サイト

監督/脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:ジェレミー・レニエ、デボラ・フランソワ、ジェレミー・スガール、オリヴィエ・グルメ

L'ENFANT  2005  ベルギー=フランス

NODA・MAP『贋作・罪と罰』おしまい

本日は、コクーンシートからの観劇。
舞台が前に出ているので、真上から見下ろすアングルで、俳優の表情が見やすかった。ただし、椅子に浅く座っても上手側は完全に見切れてしまう。無理な姿勢が続くので、かなり疲れる席ではある。

この舞台は、やはり松たか子。
現れた瞬間から感じられる覚悟。そして、殺人を犯してから壊れはじめる心。
張り切った糸が緩むことなく、少しずつ切れいくのを自覚しながらも認めようとしない姿が痛々しい。
才谷に全てを告白した後、嗚咽とも叫びともつかない声をあげる英。今まで少しも笑うことのなかった英、その表情が緩む瞬間が切ない。

自分は“踏み越えることができる人間”であると考え、実際に踏み越えてしまった英。
その英を、踏み越えた人間だと思った都司之助と、自分と同類の踏み越えることのできる人間だと思った溜水石右衛門。
都がそう思うのは、英の書いた論文が大きな根拠だ。それにしても、壊れつつある英だから、その論文の内容とはギャップがある。だから、犯人と警察との対決というサスペンス的な要素は希薄になっている。
溜水は、一目見てそうわかったらしい。彼には、自殺したことも含めていろいろと謎がある。彼も、何かを踏み越えたかったのだろうか。そのための自殺なのか?
きょうもよくわからなかった。

溜水の宇梶剛士は声が潰れてしまっていてツラい。初日には良いと思った妹・智の美波だけれど、疲れているのか、最初から最後まで力がはいり過ぎで、良いと思えなかったのが残念。

とにかく、とてもストレートな物語だと思った。大竹しのぶに当てて書かれたせいなのか、原作つきのせいなのか。

シアターコクーンにて

『ラッシュライフ』

金で何でも買えると思っている画廊オーナと一緒に仙台へ向かう新人女性画家。美学を持つ泥棒。ある男を“神”のように崇める若者。不倫相手との再婚を企む女性カウンセラー。リストラされて家族にも見捨てられ、職探しに疲れ果てた男。
それぞれの人生がそれぞれの視点で語られて、最後には交錯していることがわかる。

ちょっとずつ感じていた引っかかりが伏線となって、徐々に明らかになっていく展開がお見事。
気になって前のページに戻り、「なるほどぉ」と思うこともしばしば。
登場人物それぞれのキャラも立っている。この作者の書くイヤな奴って、本当にイヤだと思えるところが、スゴい。
重要な登場人物(?)である野良犬の描写もマル。

こういう手法の作品って、読み終わった後の爽快感があるのが良い。
もう一度読み返して、確かめたくなってしまうような構成。
確かに、エッシャーの騙し絵のような。。

昨年観た『運命じゃない人』という映画を思い出す。
この映画のほうが、各エピソードの焦点が絞られていたけれど、観賞後の爽快感は同じ。
観た後のロビーで、「アレは気づいた」とか「アレがアレだったのか」とか楽しそうに語り合っている人々を見かけたもの。

伊坂幸太郎作 新潮文庫

『ベガーズ・オペラ』

beggarsoperaミュージカルはあまりみないけど、内野聖陽をみたかったし、「世界で最初のミュージカル」というのにも心引かれたので、観ることに。
劇場入り口に「満員御礼」と出ているし、激賛上演中!とのこと。
2階席からの観劇となったが、観客の年齢層は歌舞伎座なみに高いことに驚く。
どうも、内野聖陽人気らしい。(彼が登場した時の人々の動き、双眼鏡の稼働率で、そう思った。)

この芝居は、舞台上に観客席を設けてて、舞台が客席側に張り出していたりと、観客を舞台に取り込む仕掛けになっている。
芝居が始まる前から、金田龍之介が演じる老役者が舞台上にいて 観客に小道具を運ばせたり、舞台の掃除をさせたりと、いろいろとこき使っている。
2階からだとそれを傍観しているのみだけれど、ちょうど張り出した舞台のところまでが見える席だったこともあって、その観客席までが舞台であるように感じられる。

1728年に初演されたミュージカル。
若い詩人のベガーが書いたオペラを、老役者の好意により1回だけ本物の劇場で上演することができるようになったという設定。
演じるのは素人のベガーたち。
そして演じられるのは、魅力的な追いはぎマクヒースを主人公とした物語。

とにかく、観客をいじるいじる。きょうのお客はノリがよいのか、役者たちが客いじりに慣れているのか、場内に一体感を生むことに成功している気がする。
作者で演出もしているトム役の橋本さとし。主役ですか?と思ってしまうくらいに存在感がある。いきなりソロも歌っちゃうし、なかなか魅力的。
そして、1幕目の後半になってやっと登場の内野聖陽。男前で女に目がない上に、女にモテモテのマクヒース役。そのせいなのかどうなのか、何だかエロい。手の動きとか体の動きとか、目線とか。
確かに格好良いわ〜。これは、お姉さまたちでなくても萌えてしまいますとも。

今までミュージカルにノレなかったのは、歌がうたわれている時に気持ちが引いてしまうということが大きかったけど、今回は、そういうこともなく歌を聞いていた。
“ゲイは、 オペラ風の曲を新しく作曲させるのではなく、だれもが知っている曲に歌詞をつけたのです。”とのこと。当時の流行歌なのかな。こういう音楽は好きなのかも。

最後、一旦終わった舞台に老役者が文句をつけて、もう一度やり直しとなってしまう。で、作者のトムがすねて出ていってしまったり、マクヒースがどうしていいのかわからなくなってしまったり、とグタグダになりつつ、フィナーレのダンスに突入。観客も巻き込んでの派手な幕切れ(なんだか、アンコールなんだか)になる。
最後は、内野聖陽の挨拶で締め。「こんなに熱気のある舞台になるとは、演出家のジョン・ケアードも思っていなかったことでしょう。」と言ってた。
役者たちの観客を盛り上げようとする熱意と、それに応えようとする観客の気持ちが伝わってくる舞台だったと思う。

日生劇場にて(公演情報

原作:ジョン・ゲイ/演出・脚色:ジョン・ケアード/作曲:イローナ・セカッチ
出演:内野聖陽、高嶋政宏、村井国夫、橋本さとし、金田龍之介、島田歌穂、笹本玲奈、森公美子

『パッチギ!』

大雪の中、限定上映しているシネカノン有楽町へ。

pacchigi1968年の京都が舞台。
朝鮮校の女子生徒キョンジャに一目惚れした男子高校生康介の一途な愛。
そこに絡むのが、朝鮮分断の悲しみを歌った「イムジン河」だったり、喧嘩に明け暮れるキョンジャの兄アンソン一派だったり。

前半は、1968年という時代背景や朝鮮分断などを説明する場面が鼻についてしまうかも。それに、アンソンたちのブチ切れた喧嘩っぷりとか、学生運動とか、とにかくてんこ盛りなので、どう収集をつけるのか気になったりもしてしまう。

それでも、康介が朝鮮語を勉強してキョンジャに電話をかけるあたりからはそれも気にならなくなり、ある意味ベタな展開に身をまかせる。

そして、ある死をきっかけに浮き彫りにされる溝。在日のおじさん役笹野高史の素晴らしさもあって、哀しさとやるせなさにあふれて、心が動かされる。

「イムジン河」の使い方がうまい。最後、康介がいろいろな気持ちをこめて歌う場面は、クライマックス。大友康平のセリフにも泣けちゃうし。

きっかけは何でもよくて、理解しようと歩み寄ろうとする気持ちが大切だということが、すんなりと心に届いた。

高校生を演じた俳優たち、みなが熱く好演。
康介に道を示してくれる師ともいうべき存在、坂崎のオダギリジョーは、とてもおいしい役。歌も聞かせてくれます。

シネカノン有楽町にて

監督:井筒和幸
出演:塩谷瞬、高岡蒼祐、沼尻エリカ、揚原京子、尾上寛之、真木よう子、小出恵介、波岡一喜、オダギリジョー、光石研

2005 日本

松竹座『壽 初春大歌舞伎』夜の部

shochikuza2昼の部が15時15分頃に終わって、夜の部開演の16時までちょっと余裕があるので、付近をブラブラしてみる。かなり寒〜い。
松竹座には2004年7月の海老蔵襲名興行以来。変わっているようないないような。大阪って、この辺りしか知らないわたしである。

一、「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」
観たことあるような気がしていたけど、覚えていなかった。番付で確認したところ、多分宗十郎だと思われる。最後に太鼓を打つところだけ覚えていたような。

恋のために強欲な父親の手にかかってしまう娘。一目惚れした義峯に積極的に告白したり、傷を負った後で父親に改心を願ったり、瀕死の状態で恋する人を逃がしたい一心から太鼓を打つなど、見せ場がたくさんあるお舟を孝太郎が好演している。
強欲な親父を、弥十郎。最後の最後までイヤな親父をこれまた好演。

それにしても、一目惚れされる義峯の薪車。とても美しいので一目惚れの説得力はある。にしても、セリフは棒読みだし、動きも固くてヘンなので、別の意味で目立ってしまっている気が。

お舟:孝太郎/六蔵:猿弥/新田義峯:薪車/傾城うてな:春猿/頓兵衛:弥十郎

二、通し狂言「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」
つい最近浅草で観た(感想)五段目六段目に、舞踊を加えて、「おかる勘平」の通し上演。

浄瑠璃「道行旅路の花聟(みちゆきたびじのはなむこ)」
富士山を背景に桜が咲いているなかを美しい2人が踊るという、うっとりするしかない一幕。美しい清元に、意識が持っていかれそうになったりして。
鷺坂伴内の猿弥が、笑わせ役にはまっている。猿弥は昼の部でも、良い味を出していたと思う。

早野勘平:仁左衛門/鷺坂伴内:猿弥/腰元おかる:玉三郎

五段目 「山崎街道鉄砲渡しの場/二つ玉の場」
六段目 「与市兵衛内勘平腹切の場」
浅草で観たばかりだけれども、比べるのは気の毒というもの。
 それでも、話しの流れに不自然さを感じてしまった浅草に比べて、すんなりと流れにのることができたのは、いろいろと変えているせいなのだろうと思われる。

とにかく、仁左衛門の勘平が素晴らしい。
玉三郎のおかるからも勘平への想いが伝わってくるので、別れの場面ではグッと引込まれる。

勘平の心の動きが手に取るようにわかって、真相を知っているわたしも、彼の悔恨に同調して苦しくなってしまうほど。
そして、義母おかやの竹三郎からも夫を殺された嘆きが伝わってきて、勘平とのやり取りがやるせない。
切腹してからの緊迫感。真相を知って、義父を殺していないことへの喜び、そして、連判状に名を連ねることができた喜びが、体全体から伝わってきた。
観に来て良かったと思える一瞬。

でも、途中、朋輩の弥十郎、段治郎ともに背が高くて、仁左衛門と並んだ姿が格好良い、などと関係ないことを考えたりしてしまいました。

早野勘平:仁左衛門/女房:おかる
斧定九郎:愛之助/千崎弥五郎:段治郎/一文字お才:笑三郎/与市兵衛:寿猿/女房おかや:竹三郎/不破数右衛門:弥十郎

新幹線の時間の都合で、次の演目は失礼しました。
それにしても、充実した遠征だったことよ。満足、満足。

松竹座『壽 初春大歌舞伎』昼の部

shochikuza1今月一番の大イヴェント。松竹座(大阪)日帰り観劇決行!

遠征はいろいろとツラいけれど、昨年暮れの南座には行かなかったし、昼夜ともに魅力的な演目。仁左衛門サマのためなら仕方ない、と決意。
朝6時30分過ぎに家を出て、日をまたがって真夜中に帰宅。疲れました。

一、源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)「義賢最期(よしかたさいご)」
仁左衛門監修で、愛之助が初役で勤める芝居。
出てくる前の声を聞いて一瞬勘違いしてしまう位に、仁左衛門に似ている。
声もそうだけれど、口跡や顔の表情など、本当に仁左衛門直伝。
前半は、奴折平の正体が実は源氏の武将多田蔵人行綱であることを 義賢が見抜いてのやり取り。段治郎の折平は立派すぎて全く奴に見えなかった。セリフは堂々として聞き取りやすいけれども、正体がバレるという対決感が薄い。
それでも、愛之助が芝居を引っ張るので、流れを見失うことはない。
そして後半は、怒涛の立回り。
体がよく動いて派手に見せてくれるし、気合いも十分に伝わってくるので、思わず手に汗握ってしまう。
七三でバッタリと倒れるのは、オリジナルかな。
組んだ戸板の上に立ったまま戸板もろとも倒れるのは、息を飲む一瞬。軍兵たちの緊張も伝わってくる。
最後の「仏倒れ」も悲壮感あふれて、ただ見入ってしまった。

仁左衛門の義賢が受け継がれていくんだなぁという感慨にも浸ることができた幸せ。
木曽先生義賢:愛之助/多田蔵人行綱:段治郎/葵御前:笑三郎/待宵姫:春猿/進野次郎:薪車/矢走兵内:猿弥/九郎助小万:孝太郎

二、花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)
  「通し狂言 十六夜清心(いざよいせいしん)」

最初は、寺の所化である清心と遊女・十六夜が川へ身を投げるまでの「百本杭」の場。美しい清元にうっとりしつつ、仁左衛門と玉三郎の美しい姿を堪能。
「白魚船」の場では、十六夜が馴染みの俳諧師白蓮に助けられる。
そして、やはり死に損なってしまった清心が、ひょんなことから通りがかりの寺小姓を殺してしまい、悪の道に入ることを決意する「川下」の場。

それまで坊主っぽくナヨナヨしていた清心が、ガラリとワルに変わるところは、やはり格好良くって萌えますわ〜。「しかし待てよ」から始まる長台詞が有名。
「待ってました」なんだけど、隣に座っている年配のご婦人が一緒に言ってます。「貴方のセリフを聞きにきたわけじゃないんですけれど」と、ちょと悲しい気持ちになる。

気を取り直して、第二幕「百蓮妾宅」。
十六夜改め、おさよ(本名)は命を救ってくれた白蓮に囲われているけど、清心は死んだと思っているのでこっそりと菩提を弔っている。それが、白蓮に知られ、出家することに。
ここでは、おさよの剃髪姿が見どころ。玉三郎の青々とした坊主頭に、観客のみなさまも「おぉーっ」と声をあげる。何とも言えない色っぽい尼姿。
そして、大詰「白蓮本宅」。
いきなり、汚いワルの夫婦としておさよと清心改め清吉が登場。2人は、白蓮をユスリにきたのだった。
なんだか、玉三郎がとても楽しそう。肩の力が抜けていて良いかんじ。
仁左衛門も楽しそう。そして、ワルらしく凄みがあってステキ。
最後に、白蓮が実は大泥棒で、清吉と白蓮が実の兄弟だったことが判明する、という黙阿弥らしいドンデン返しがあって、幕。
実の兄弟だったことが判明した時の場内、大爆笑!ちょっとびっくりした。

清心:仁左衛門/十六夜:玉三郎
恋塚求女:孝太郎/お藤:笑三郎/船頭三次:薪車/道心者西心:寿猿/下男杢助実は寺沢塔十郎:猿弥/白蓮:弥十郎

活動再開!

本日発売のぴあにうれしいニュースが!
2001年に活動中止を表明していたCoccoが、アーティスト活動を再開するそう。

活動中止中も、「ゴミゼロ大作戦」とか、絵本を作成したりしていたし、"SINGER SONGER"というバンドをくるりの岸田繁たちと結成もした。

でも、やっぱり“ねぎ”こと根岸孝旨とのコンビネーションが好きなんだ!
うなるベース、ノイジーなギター、激しいドラム、そして圧倒的な轟音が!

復活第1弾シングル「音速パンチ」は、作詞・作曲/こっこ、編曲/根岸孝旨。
2月22日(水)リリース!(SPEEDSTAR RECORDSのサイトはこちら

待ち遠しいです。

『レタス・フライ』

ショート・ショート5編を含む9編収録の短編集。

お目当ては、最後に収録された「刀之津診療所の怪」。
現在進行中の“Gシリーズ”キャラクタ、山吹、海月、加部谷の3人が初登場する作品。これから読んでしまった。
西之園萌絵が叔母たちと訪れた白刀島の診療所をめぐる怪しい噂に迫る。
謎のオチ自体は、短編らしいというか、森博嗣らしいというか。
森作品として、この本を最初に読む人もあまりいないのかもしれないけど、この短編自体のオチを「何なんだー!」って言ってしまう人もいるのでは?
わたしは知ってるから、ニヤリとしちゃうけど。
常々、「作品はどの順番で読んでも良い」と公言している作者ではある。まぁ、ひっかかった人は全部読んでね、という宣伝かも。

最初に収録された「ラジオの似合う夜」。これは、単体でも十分に成立する作品。
固有名詞が全く示されないが、読んでいくうちに“Vシリーズ”読者にはすぐにわかるように書かれている“彼”。
“Vシリーズ”で、優柔不断キャラだった彼の内面。これが面白かった。
この作品で示される謎のオチには、ちょっとう〜んだけど。それでも、森博嗣色がたっぷり。

どこを切っても森博嗣。ファンは満足できる短編集だと思う。

森博嗣作。講談社ノベルス。

『新春浅草歌舞伎』第2部

asakusa-noborお正月の浅草、お馴染みになった「新春浅草歌舞伎」。若手中心で、最近はとても人気らしい。わたしは、多分初めてだと思う。
のぼりが立っていたり、外の壁に大きく演目の絵が出ているので、華やか。
2階席の最後列中央の席だったが、舞台が近い感じがする。何より花道がかなりよく見えるのでうれしい。

asakusa-kanban最初は、恒例らしい「お年玉<年始ご挨拶>」から。
日替わりで、役者が挨拶してくれる。本日は、中村獅童。
久しぶりにみたけど、一所懸命会場を盛り上げようとしていて、好感が持てる。
「お芝居を楽しく観るコツは、携帯の電源を切ることです。」と言って、実際に携帯を出させ、電源ボタンを押すように促していた。

「仮名手本忠臣蔵」
  五段目 山崎街道鉄砲渡しの場 二つ玉の場
  六段目 与市兵衛内勘平腹切の場
かなり有名な演目「おかる勘平」ではあるが、そんなに観ていないので新鮮。
忠臣蔵外伝。狩人・勘平が塩治判官の仇討ちに加わるために金が必要であることと、暗闇のなかで起こってしまった悲劇の発端を描く、五段目。
斧定九郎の獅童は、あまり目立っていない。台詞もほとんどないので圧倒的存在感が欲しい役なんだろう。はまればおいしいんだろうけど。
勘平の勘太郎は、がんばっている。動きがちょっと大げさな気もするが、それもきびきびとした若さだと受け取ろう。勘三郎の影が後ろにみえた。教えられたことを丁寧にやっているかんじ。
続く、六段目。これは長かった。
女房おかるの父母が、婿である勘平のために勘平には黙っておかるを身売りしてしまう。で、身売り先の女将と判人が来て、おかるを連れて行こうとするところに勘平が帰宅。
黙って身を売ったことを勘平に知られるまでが、長く感じる。七之助のおかるは、哀しそうにはみえるけれども、勘平との別れを悲しんでいるようには見えないし。別れの時、勘平は舅を殺してしまったと誤解しているわけだから、女房との別れを悲しんでいる場合ではなくなっているし。おかるの存在感があまりないような気がしてしまう。
そして、姑に舅を殺したと疑われ、更に、塩治の朋輩たちにもそれを知られてしまい、切腹してしまう勘平。切腹する前、朋輩を迎えるところから、もう死ぬことを決めているかのような悲壮感。そういう性根でよいのかしら。
とにかく、勘太郎はがんばっていた。幕切れの顔もキレイだった。

早野勘平:中村勘太郎/女房おかる:中村七之助/斧定九郎:中村獅童/判人源六:中村源左衛門/千崎弥五郎:中村亀鶴/原郷右衛門:市川男女蔵/一文字屋お才:市川門之助

「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」
亀治郎大奮闘。スッポンもセリもないのに、スピーディに見せる工夫が随所にこらされている早替わり六変化。童、薬売り、番新、座頭、傾城薄雲、蜘蛛の精。
蜘蛛の精だから、蜘蛛の糸を撒くは撒くはの大サービスに、場内は大盛り上がり。
片付ける後見たちに目がいってしまうこともしばしば。
騙され役の七之助と獅童。獅童は低い声だと何を言っているのかよくわからない。七之助は声が通って良い。
最後に、勘太郎が出てきて締め。
それにしても、蜘蛛の精で出てきた亀治郎は、一瞬、猿之助にみえたほど似ている。
これからどんどん似てくるのだろうな。

傾城薄雲・童・薬売り・番新・座頭・蜘蛛の精:市川亀治郎
源頼光:中村勘太郎/坂田金時:中村七之助/碓井貞光:中村獅童

浅草公会堂にて(公演情報 

『博士の愛した数式』

第1回本屋大賞受賞作が文庫化された。

80分しか記憶がもたない数学博士と、家政婦の“私”とその息子“ルート”の過ごした日々を綴る物語。

交通事故によって記憶力を失った博士にとって、“私”は常に「新しい」家政婦。
初対面の挨拶から始まる日々のなかで、それでも深まっていく親愛の感情、彼ら三人がお互いを慈しみながら過ごす様を、さりげなく繊細なエピソードの数々によって浮き彫りにしていて、素晴らしい。
博士が小さき者に示す無償の愛情に、しっかりと応える“ルート”。
博士が語る素数や完全数など数学の美しさに、心酔していく“私”。
変人である博士の魅力が、彼らを通して伝わってくる。

さざ波のように押し寄せるエピソードに、飲み込まれてしまったような読後感。

映画をみるつもりは今のところないので、さっさと読んでしまった。
キャスティングは、はまっているようにみえる。
この物語の空気感を出すことができれば、良い映画になるのではと思う。

小川洋子作。新潮文庫。

『時の男〜匂うがごとく今盛りなり』

リリパットアーミーII 20周年記念公演。
2003年の『一郎ちゃんがいく。』で わかぎゑふ脚本は体験していたが、リリパットアーミーは初めて。

tokinootoko平安末期、平氏一族が幅を利かせる時代。東国で機会をうかがう源頼朝が、側近の熊谷直実とともに後世に残るドラマティックな歴史を作ろうと画策する姿を縦糸に、頼朝の策略に翻弄される兄妹と、それに絡む陰陽師たちの暗躍を描いている。

コメディだと思って臨んだら、物語としては本格的な源平ものだった。といっても、シリアスに徹するわけではなくて、合間に挿入される脱力キャラクタのお遊びで肩の力を抜きつつ、激しい殺陣あり、踊りあり、盛りだくさんで話しが進む。
不思議なノリに最初はとまどうけれど、流れに慣れてからは らく〜な気持ちで鑑賞できた。
話しだけを考えるとかなり重いし、ラストも翻弄された妹の嘆きで幕となるので、観劇後に残るのは不思議な余韻。

あらすじを読むと主役のキリタという少年。生まれつき鼻が利くことに天才的だという設定は面白い。この少年役の谷川未佳は、さわやかにのびのびと演じていて好印象。
東京公演のみの客演、笠原浩夫(Studio Life)が演じる陰陽師・三条葛城は、源頼朝と通じていて、暗躍するおいしい役どころ。
実は、彼が目当ての観劇。(にっこり)
思ったよりも平安装束が似合っていなかったけど、不敵な微笑みで楽しそうに演じていた。バランスボールとか、いろいろやらされてました。劇団宣伝コーナもあり。

サンシャイン劇場にて(玉造小劇店サイト

作・演出:わかぎゑふ
出演: 及川直紀
、生田朗子、濱崎大介、森崎正弘、朝深大介、野田晋市、中道裕子、千田訓子、朝比奈慶、谷川未佳、笠原浩夫

『OCTAVARIUM World Tour 2005/2006』

Dream TheaterのLiveに行ってきた。
「名実ともにプログレッシヴ・へヴィ・メタルの頂点に立つ」と紹介されるバンド。(といっても、この手のバンドを他に知らないけど…)

octavarium本日は、東京での2日目。
客層はかなりバラバラかも。プログレから入った人あり、ヘヴィメタから入った人あり、だからかしらん。年齢層も幅広い。しかし、女性はやはり少ないみたい。
男性トイレは長蛇の列、女性トイレはスムーズな流れというのが、ロックコンサートらしいところ。

定刻から、5分くらいではじまった。
第1部。ジョン・マイアングのベースからもう大興奮。
やっぱ、ドリーム・シアターは曲がいい!
縦横無尽に変化するリズム!ユニゾン炸裂の分厚く重なる音!
複雑で長大な曲を、完璧に演奏するメンバーたち!
あっという間に終わった1時間20分。
新譜「OCTAVARIUM」からは2曲だけだったのがちと残念だけど、まぁ良し。
ラブリエが、Intermission前の曲中に「これから15分間の休憩だよ!(意訳)」と
ジェスチャまじりで教えてくれたのは、個人的なツボ。

Intermissionは、ドリーム・シアターのアコースティックカヴァーを聞きながら。

で、第2部。イントロで、連れが「うひょお」って声を出した。「何?」って聞いたら「すぐわかるよ」って言った。ホント、すぐにわかった。
「HIGHWAY STAR 」だよ。うぉお、“DEEP PURPLE”っすか。
その後も、ディープ・パープルの曲が続くよ続く。「CHILD IN TIME」のハイトーン、がんばってるラブリエ。
パープルは好きだけど、ドリーム・シアターの曲と比べてしまうとちょっと単純で、物足りない。

アンコールの2曲は、ドリーム・シアターの曲。
1曲目「The Spirit Carries on」ラブリエのヴォーカルは まだまだ余裕で素晴らしい。
お約束の「Pull me under」、大盛り上がりで終り。
拍手鳴り止まない観客に「16日が最後でスペシャルだから、その日にまた会おう(意訳)」って 商売上手なマイキー。行きたくなっちゃうよなぁ。(行かないけど)

事前情報でカヴァー・ナイトだとは知ってても、少々不満が残るわたしではある。
「OCTAVARIUM」を聞きたかったよ。

終わった後で連れから、「ディープ・パープル・ライヴ・イン・ジャパン」の完コピだということを教えてもらう。
曲間でいちいちチューニングしてたのも、真似らしい。

で、家に帰ってから「ディープ・パープル・ライヴ・イン・ジャパン」を聴く。
なんと、本当に完コピ。MC、チューニング、曲間の遊び音とか、ドラムソロも。
すごいサービス精神。でも、わかってくれた人はどのくらいいるんだろうか?
名盤とはいえ、1972年のアルバムだもの。
再聴して素晴らしいアルバムだということは確認した。古いアルバムだけど、音も良いし。

でも、やはり思うことは、ドリーム・シアターの素晴らしさだったりする。

東京国際フォーラムにて(公式サイト

DREAM THEATER
James LaBrie(Vo)/ Mike Portnoy(Ds)/ John Petrucci(G)/ Jordan Rudess(Key)/ John Myung (B)

三回目は高みの見物

NODAMAP『贋作・罪と罰』を観た。
今回は、2階最前列左寄りの席から。普段よりも舞台が前方に設置されているので、舞台を上から見下ろすようなかんじ。(手すりが邪魔だった。)

そのせいか、舞台上にいる役者たちの統制された動きに目がいく。
菱形の舞台いっぱいにキレイな間隔で広がって、スピーディに動き回るアンサンブルが美しい。
それぞれがごっつい木の椅子を持って走り寄り、様々な場面を組み上げるスリリング。

舞台の周囲に座って、舞台を見守る役者たち。それぞれ、定位置が決まっているみたい。
皆、素で笑っているように見える。特に右近さんがとても楽しそう。
そのなかで、松さんと古田さんはずっーっと緊張を持続しているようで、終始ひりひりとした痛みが感じられる。

小判の雨が降るシーンは、ライティングの方向との相性が良かったのか、今までで一番キレイに見えたかも。
舞台が雪に覆われるラストも、舞台上に徐々に広がっていく様が、見ていて本当に美しかった。

カーテンコール。
NODAMAPではいつも、舞台が終わっていったん暗くなり、再度照明がついて役者がお辞儀してから、拍手となっていると思う。
みんなが舞台の余韻に浸っているな、と感じる一瞬なんだけど、本日は、暗くなりかけのところで、拍手が出た。余韻を楽しみたい身としては、ちょっと残念。

前回と同じく、松さんと古田さんが肩を組みながら舞台から去っていった。

ゾンビーズ

先日みた『DEAR WENDY』という映画で、ゾンビーズの曲が使われていた。
脚本を書いたラース・フォン・トリアーはゾンビーズの楽曲に大いなるインスピレーションを受けたらしい。
名曲「ふたりのシーズン」“Time of the Season”は、今、車のCMで流れているので、耳にしている人も多いと思う。

この曲をきくと、今は『DEAR WENDY』を思い出すけど、更に思い出す映画がある。
石井總亙監督の『エンジェル・ダスト Angel Dust』という1994年の作品。

映画の予告編と本編ラストで、「ふたりのシーズン」が使われていて、ものすごく印象に残った。映画にもすごくはまって、LDを購入してしまったほど。

大都市・東京を舞台に、マインド・コントロールの恐怖を背景にした、捩じれた愛と静かなヴァイオレンス満載のラヴストーリィ。
南果歩、若松武、豊川悦司という魅力的なキャスト。

「ロールシャッハ・テストの様な映画にしたかった。最近、説明過多な映像に観客は慣れちゃっているでしょう。見る人の心を鍛えたいというのかな。観客の心の状態を鏡の様にあぶり出す映画がつくりたかった。」

というのが、石井監督の言葉。

久しぶりに見たくなった。

『信長』

ものすご〜く久しぶりの市川海老蔵。昨年5月の勘三郎襲名以来だから、半年以上経っているのだった。

“織田信長”は、中学生の時尊敬する人だった、というちょっと恥ずかしい過去がある。理由は覚えていないけれど、何だかわからないところが天才っぽくて好きだったんだろう、と想像している。

nobunaga2で、それなりに思い入れのある『信長』。海老蔵は多分はまり役だろう、と楽しみに劇場に向かった。

いきなり、大きな看板に出迎えられる。目にドッキリ!

物語は父親・信秀の葬儀から始まり、本能寺の変まで。

最も楽しみにしていたのは、信長という人物へのアプローチ。
「誰も知らなかった信長が、今、目覚める。」とチラシにあるから、期待してしまったが、結局、目覚めることもなく誰も知らないままに終わってしまったような気がする。

信長の正室で斎藤道三の娘濃姫、信長の妹お市、そして、明智光秀木下藤吉郎という、信長の周囲の4人。
2人の女は信長を愛し、あらゆる面で正反対な男たちはそれぞれ、光秀はお濃を、藤吉郎はお市を愛する、という構図は面白いと思ったのだが、それもあまり効果的ではなく、中途半端になっているという印象。
特に、女性2人が似たようなかんじになっていて、演出意図だとしても効いていない。お市の設定を斬新だとは思ったけど。

nobunaga1信長の海老蔵も期待していたほど、はまっていない。
若さを出すためかもしれないが、1部では声の出し方も仕草も軽くてチンピラのようだ。守役平手中務の自害なんて、場面としても全くのムダであることよ。

それでも、安土城の場面、ポスターと同じ洋装で出てくる信長は、素晴らしくステキだった。チョビ髭も似合っている。
そして、藤吉郎(既に秀吉か?)に対して激昂するところ。信長の焦燥が伝わってきて、惹き付けられた。海老蔵本来の良い声だったし。

本能寺での落ち着いた信長もなかなか。
ただし、立ち回りはどうにかならなかったのかと思ってしまう。
歌舞伎調でもないし、チャンバラ調でもない。

冒頭にちらっと「敵は本能寺にあり!」というセリフを出すのは謎。
最後の場面でプロローグに戻るというのも。

全体的に消化不良といった印象は否めない舞台だった。

新橋演舞場にて(公演情報

今のところ、わたしの信長ベスト1は『若き日の信長』(森一生監督)の市川雷蔵。
これは、2004年の暮れに<市川雷蔵映画祭>で見た。
市川染五郎時代の現松本幸四郎も出演している作品。

作 :齋藤雅文
演出:西川信廣
美術:石井強司
照明:沢田祐二
出演:信長:市川海老蔵/濃姫:純名りさ/お市:小田茜/明智光秀:田辺誠一/木下藤吉郎:甲本雅裕

『Mr. & Mrs. スミス』

年末からずっと武器絡みの重たい映画ばかり見ていたので、肩の凝らない映画を選んだつもり。
そしたら、主要人物1人あたりの武器使用量は、最も多かったような気が…

smith素性を知らずに結婚してしまった凄腕の殺し屋夫婦を、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットが演じる。

とにかく、2人の豪華な共演を楽しもう。“ハリウッド・ムーヴィー”だ!

アンジーとブラッド2人が並んだ絵はさすがに豪華。
でも、どうしても“アンジーの貫禄勝ち”という気持ちでみてしまう。
アンジーのほうが余裕ありありにみえちゃうのだ。アイラインばっちりの目、ぽってりと分厚い唇。着ている服も体にぴったり。う〜ん、色っぽくってコワいです。
ブラッドは、髪の毛が短いせいもあって何だか可愛らしい。

派手なアクション満載。
そして、話しはとても単純明快。(すぎて、飽きちゃうということもあるが)

でも、2人の属する組織ってどういうの?ということも少々考えたりもする。
アクセントと思われる、ベンジャミン・ダンズ(アダム・ブロディ)の扱いも何だか中途半端。伏線も何もないんだもの。これによっては、「おぉっ!」と思わせられることになったかもしれないのに、と惜しい気がしてしまう。
その辺りがこの映画のスタンスを表しているのかと思うので、追いつめられる緊迫感がかんじられないのも、仕方ないのかも。

徹底的に2人目線で話しが進む、夫婦の倦怠期克服映画なのだった。

ヴァージンTOHOシネマズ六本木ヒルズにて(公式サイト

監督:ダグ・リーマン
脚本:サイモン・キンバーグ
出演:ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー、ヴィンス・ヴォーン、アダム・ブロディ

Mr. & Mrs. Smith  2005  アメリカ

『親切なクムジャさん』

映画始めは、2本ハシゴ。
13日で上映終了となったので、あわててみることにした。
今年こそ、駆け込み鑑賞はやめよう!と、心に誓ったほうがよいと思う。>じぶん

パク・チャヌク監督の「復讐三部作」完結編ということだが、『オールド・ボーイ』しかみていない。
とりあえず、物語的な関連はなさそうなのでよしとする。
イ・ヨンエ出演作品も『JSA』『春の日は過ぎゆく』を残念なことに見逃したし、「宮廷女官 チャングムの誓い」はみていないので、初めて。

kumuja実の娘を人質にとられ、幼児誘拐殺人の罪で服役したクムジャが、13年の刑期を終えて出所するところから始まる物語。
自分を陥れた男に復讐するための計画を実行するクムジャ。そして、愛する娘を取り戻す…

クムジャを演じるイ・ヨンエの美貌が素晴らしい!
「天使のような美貌」とあるけれども、看板に偽り無し。
服役中の囚人服から、清楚な白いワンピに水玉ワンピ、皮コート、パン屋のコック姿、下着姿も麗しく。あと、高校生時代の制服も可愛らしい。
何より、赤いアイシャドウがそれほど変でないことがスゴい。

過剰さが鳴りを潜めている分、絵作りに凝っているという印象。
復讐のお道具“お手製2連銃”の銃把の飾りなど、こだわりがそこかしこにみられる。

復讐を果たしたと思ったクムジャが赤いアイシャドウを落とす場面。
彼女に許しが与えられない虚しさが秀逸。
そして、訪れる天使。
なかなか美しいラストシーンだった。

原題「SYMPATHY FOR LADY VENGEANCE」は、『復讐者に憐れみを』の原題「SYMPATHY FOR MR. VENGEANCE」と対になっているみたい。
新文芸坐の「“韓流”シネマコレクション 2006」で上映するみたいなので、みに行こうかな。

シネマスクエアとうきゅうにて(公式サイト

監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:イ・ヨンエ、チェ・ミンシク、クォン・イェヨン、キム・シフ、ナム・イル、キム・ビョンオク、オ・ダルス、イ・スンシン、キム・ブソン、ラ・ミラン、コ・スヒ、ソ・ヨンジュ、キム・ジング

SYMPATHY FOR LADY VENGEANCE  2005  韓国

『ロード・オブ・ウォー』

これが、今年の映画はじめ。
社会派エンターテインメント映画といった作品。

lordofwarウクライナ出身のユーリーが武器商人として成り上がっていく半生を描く。
ユーリーを演じるニコラス・ケイジのナレーションによって、スピーディーに展開する2時間2分。

大物武器商人の実話を基にしたというエピソードの数々には 確かにリアリティがある。
冷戦終結後の混沌とした時代。冷戦が生んだ大量の兵器を、アフリカなどの紛争国に売る。それも、需要のある国であれば、政治的倫理的な背景は全く関係なし。紛争当事国双方に売ることでもいとわない。ある意味、とても筋の通ったビジネス根性。
ユーリー自身は、人を殺したことはないし武器も使用しない。
でも、彼が売った武器によって人が殺されるという事実については、全く気にしていない。
矛盾しているような人物を、武器商人の才能に恵まれた魅力的な男として演じるニコラス・ケイジ。困ったような善人顔が、さすがにはまっている。

賄賂の通用しない正義感あふれるインターポールの刑事をイーサン・ホーク。
ユーリーの武器商売に協力するも、重圧や矛盾に耐えられず次第に壊れていく弟をジャレッド・レト。
この二人は良心的な役割を果たしているが、結果的には厳しい現実を表すことになるのが辛いところ。
最大の武器商人アメリカに対する皮肉にあふれている。

知識として知っていたことでも、映像として見せられることでより心に迫ることになる。わたしに何ができるのか、どうしたら良いのか考えさせられてしまう。

このような映画をアメリカが製作した懐の深さが素晴らしいと思っていたら、実はアメリカ資本はゼロだそうだ。やはりそんなものなのだ。

現在の日本が武器輸出をしていない国であることは、少しは救いかもしれない。

新宿オスカー劇場にて(公式サイト

監督/脚本:アンドリュー・ニコル
出演:ニコラス・ケイジ、イーサン・ホーク、ジャレッド・レト、ブリジット・モイナハン

Load of War  2005  アメリカ

『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』

大晦日にみたものの感想を今頃書くとはいかがなものか?だけれども、昨年の映画納めの作品ということで、書いておく。

dearwendy監督はトマス・ヴィンターベアで、脚本はラース・フォン・トリアーという、“ドグマ95”コンビ。
といっても、ドグマ95のニオイはなく、ラース・フォン・トリアーの米国批判がたっぷり。トリアーって、本当にアメリカが嫌いなんだということがよくわかる。

この映画は、美しい銃に魅せられた少年と彼の愛する銃とのラヴストーリィだ。

小さな炭坑町で自信なく生きている少年ディックは、おもちゃの銃だと思っていた銃が本物であることを同僚スティーヴィーによって知らされ、銃に魅せられていく。
平和主義で武器の使用に反対であるディックが、銃を持つことによって大きな自信を持つという皮肉。
彼は、“銃による平和主義”を広めようと、町のはぐれもの達5人を集めて、秘密結社“ダンディーズ”を結成。

彼らはそれぞれが名前をつけて人格化した銃を持つ。その銃は現代的な銃ではなく、クラシックな銃でなければならない。
“神殿”と名付けた廃坑に集まり、それぞれがダンディーに着飾って、銃に対する知識の収集に熱中する。
射撃の腕を磨くことも怠りない。けれども、それは銃を愛する証。
「銃を決して日の光の下で目覚めさせてはいけない」というのが、“ダンディーズ”のルール。

しかし、彼らがルールを決め、どんな思いで銃を扱っていようとも、銃は武器なのだ。
銃が武器だから彼らは自信を持つことができたのに、「正義の名のもとに、銃を持つ」ことの矛盾に気づかない。
西部劇のようなクライマックスの銃撃戦。ちょっと劇画チックな描写には、かなり悪意を感じた。

暗い瞳で、屈折した少年ディックを演じたジェイミー・ベル。成長したよねー。

アメリカではあるけれども、何だか無国籍な雰囲気。
寓話的なムードをまぶしながら、リアルでもある皮肉な映画だった。
ゾンビーズの曲も効果的。

アミューズCQNにて(公式サイト

監督:トマス・ヴィンターベア
脚本:ラース・フォン・トリアー
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
出演:ジェイミー・ベル、ビル・プルマン、マイケル・アンガラノ、クリス・オーウェン、アリソン・ピル、マーク・ウェバー、ダンソ・ゴードン、ノヴェラ・ネルソン

DEAR WENDY  2005  デンマーク=フランス=ドイツ=イギリス


『壽 初春大歌舞伎』夜の部

昼の部終了から10分ほどで、夜の部開場。

「藤十郎の恋」
初代藤十郎が主人公のバックステージもの。
近松門左衛門が坂田藤十郎のために書いた新作は、人妻と関係する密夫を描いた姦通物。役作りに悩む藤十郎は、偽りの恋を人妻にしかけるが、という話。

藤十郎の芸にかける執念が見どころだが、演じる扇雀からはそれほどの悩みなのかがよく伝わってこない。ラストに、舞台へ向かっていく時の気迫はなかなかだったと思うが、全体的に薄いかんじ。
恋を仕掛けられる人妻お梶の時蔵からは、揺れ動く女心が伝わってきた。ラストの悲劇に向かう気持ちも納得できる。こういう役はとてもあっていると思う。
流れもわかりやすく、面白い芝居だったと思う。他の役者でも観てみたい。でも、山城屋が誕生したので、他の家の役者が演じることはなくなってしまうのかな。
菊池寛作。

坂田藤十郎:扇雀/若太夫:歌六/宗清女房お梶:時蔵


tojuro-maku「口上」
金ぴかでド派手だと評判のふすま絵だったので期待しすぎたせいか、驚かなかった。素直に、華やかで良いのではと思った。襲名幕はお上品なかんじ。
雀右衛門が声も大きくはっきり話しているのに安心。
人間国宝が更に襲名とあって、なかなか突っ込める人もいないと思われる。
突っ込んでいるのは、息子たちだけだったかも。
虎之介くんのほうが、新藤十郎よりも拍手多かった?

「伽羅先代萩 御殿/床下」
お家乗っ取りの企みのため命を狙われている若君鶴千代をたった一人で守る乳人政岡の忠信を描いている。
そして、政岡の息子千松は、若君の遊び相手であり毒味役。この役を、新藤十郎の孫・中村虎之介が初舞台で演じる。
“飯炊き”の場面は、お腹が空いてたまらない千松と鶴千代のけなげさを子役2人とも上手に演じている。政岡も情たっぷりで、3人の絆が泣かせる。
そして、後半。毒入りの菓子を食べて苦しんだ末、八汐(梅玉)になぶり殺しにあう千松。これをみても、政岡が若君大事で顔色を変えないというところが見せ場だが、新藤十郎は既に泣いている。(赤い涙のスジがみえる)
これだと、千松の遺体と二人きりになった後の嘆きが薄くなってしまうし、栄御前も騙されないと思うんだけど。でも、栄御前の秀太郎は、政岡をそれほどじっくり観察していないようにみえるので、どっちもどっちかな。
八汐の梅玉は、何だかそれほど憎々しくなく冷酷な恐ろしさといったところ。
もう少し、大げさに演じてもよいのではと思ってしまう。

乳人政岡:鴈治郎改め藤十郎/栄御前:秀太郎/松島:扇雀/千松:虎之介/澄の江:壱太郎/沖の井:魁春/八汐:梅玉

続く、床下。幸四郎と吉右衛門兄弟の共演は初めて観るかも。
荒獅子男之助は、バカバカしくてでっかい役。吉右衛門は、ちょっと暗い気もするが、声も良いし姿も大きいので、バカバカしく決めてくれる。
仁木弾正は、不気味な凄みのある役。幸四郎は不敵な笑いが不気味で、さすがの気持ち悪さ。三階からだったので、引っ込みが最後まで観られなかったけど、久々にステキだと思いました。

仁木弾正:幸四郎/荒獅子男之助:吉右衛門

昼の部からたっぷりな演目。
がんばって観ていたけど、体調が悪化したので、申し訳ないけれどもここまでで 帰らせていただきました。
初芝居早々、もったいないことをしてしまった。反省。

『壽 初春大歌舞伎』昼の部

jan-kabukiza今年の初芝居は、歌舞伎座の昼夜通し。
かなり無謀だとは思ったが、今月は歌舞伎だけでも4公演。
観劇スケジュールも厳しいのだった。

「中村鴈治郎改め 坂田藤十郎襲名披露」とあって、外には蜷川実花撮影の看板がドーン!おめでたさもひとしおといったところ。

kabukiza-lobby正月なので、歌舞伎座のロビーも華やか。
初芝居の気分も盛り上がる.

「鶴寿千歳」
箏曲による舞踊。琴の音色がとてもお正月っぽいと思うのは、巷で流れるお正月音楽(ほとんど「春の海」だろうけど)がそうだからだよね。
とても美しい曲だった。そして、雄鶴と雌鶴のおめでたい舞。

雄鶴:梅玉/雌鶴:時蔵

「夕霧名残の正月 由縁の月」
傾城夕霧の死を悲しむ伊左衛門の前に夕霧の亡霊が現れ、しばしの逢瀬の後、姿を消す、という一幕。

新藤十郎が演じる藤屋伊左衛門、本物の紙衣を着て登場する。確かに、紙衣風の着物とは風合いが違って、ゴワゴワしたかんじがよくわかる。色がとてもキレイ。
雀右衛門が とてもはかなげで美しい夕霧。
伊左衛門が夕霧を思って泣いている時に、突然、おめでたく口上となった。
扇屋夫妻の我當、秀太郎と、新藤十郎の三人。
そして、芝居に戻ることなく、平伏したまま幕。確かに、そのほうが収まりが良いと思われる。

藤屋伊左衛門:鴈治郎改め藤十郎/扇屋三郎兵衛:我當/太鼓持鶴七:進之助/扇屋女房おふさ:秀太郎/扇屋夕霧:雀右衛門


「奥州安達原 環宮明御殿の場」
以前にみたはずだが、配役等の詳細を覚えていないのでほとんど初めてといってよい。ちょっと分かりにくいけど、見応えのある芝居だった。

浪人と密通して勘当された娘・袖萩(福助)は、親の難儀を耳にして、娘とともに駆けつける。しかし、父親・直方(段四郎)は、娘との対面を許さない。
木戸の外で、祭文を語るのが前半の山場。福助が実際に三味線を弾いて唄っている。
盲目の袖萩をいたわる娘はなかなかの大役。演じた子役の見事な演技には泣かされてしまった。先月の重の井で、いやじゃ姫を演じた子供ではないかと。(筋書未購入のため、不確定)
直方が切腹し、木戸の外では袖萩も自害するという凄惨な展開。
袖萩の不義密通の相手はが反逆人安倍貞任であったということがわかり、更に、勅使桂中納言教氏が実は貞任であったことが発覚する。
後半は、 ここ、勅使が安倍貞任だったとわかるところが山場。
ここの展開が、よくわからなかったのだ。しかし、さすが、吉右衛門がみせてくれる。ブッ返るところがとても大きいので、衣装の変化が映えるし、赤旗を使った見栄にも、観客が引き込まれていた。
隈取りもとてもよく似合っていて、格好良くみえた。

安倍貞任:吉右衛門/袖萩:福助/八幡太郎義家:染五郎/浜夕:吉之丞/安倍宗任:歌昇/平傔杖直方:段四郎
(「安倍」を「阿部」と誤記していましたので、修正しました。1/8)

「花競四季寿 万才」
新年に初春を寿ぐ踊りみせる万才。義太夫舞踊を、福助と扇雀が踊る義太夫舞踊。
おめでたいし、暗く重めの芝居の合間にみせるのには良いと思う。

万才:福助/万才:扇雀

「曽根崎心中」
天満屋の遊女お初と、平野屋の手代は将来を約束する深い仲。しかし、平野屋の主人である叔父からの縁談を断って大阪にいられなり、更に、叔父に返さなければならない2貫目の金を、友人だと思っていた油屋九平二に騙りとられた徳兵衛。
二人は心中を決意し、曽根崎の森で心中をするのだった。

お初は、新藤十郎が扇雀を名乗っていた時代から1200回以上演じてきた当たり役。話しも分かりやすくて、とてもこなれたかんじがする。
縁談を断ったから大阪にいられなくなったいう徳兵衛に、「そんなら一緒に死にましょ」というお初。男をリードするお初という女が、とても鮮烈だ。
そして、心中にいたる道筋に迷いがない。

天満屋の縁下に隠れた徳兵衛が、縁側に腰掛けているお初の足に自分の首をあてて死ぬ覚悟を伝える場面は有名だが、ここはかなり色っぽくて濃厚。印象に残る名場面。
そして、幕切れは、美しい心中となる。(実際には死ぬ前に幕がおりる)
鴈治郎は苦手だったが、この「曽根崎心中」はとても面白くみることができた。
近松門左衛門作。

天満屋お初:鴈治郎改め藤十郎/平野屋徳兵衛:翫雀/油屋九平次:橋之助/天満屋惣兵衛/平野屋久右衛門:我當

終演時間は予定を10分ほど超えて、16時25分だった。
5演目たっぷりなのは、サービスだとは思うが少々疲れる。
重めの芝居の間におめでたい舞踊をいれるプログラムの意図はわかるけれども、昼と夜の間が忙しいし、もうちょっと考えるべきだと思う。

続けて、夜の部。
 

『ブレイキング・ニュース』

ユーロスペースが移転して、その後にリニューアルオープンした映画館”シアターN渋谷”。
2005年7月に「香港ノワール・ナイト」で待望のジョニー・トゥ監督作品を観ることができた記念(?)に、大晦日にはこれを観ることにした。

breaking警察と強盗団との銃撃戦からはじまる。ワンカット、ワンシーンの映像は、何がどうなっているのかよくわからないけれど、その分、息詰る臨場感がある。
最近のアクションは、悪人側が持っている武器がものスゴいことになっていて、この映画でも、マシンガンでバスバスと撃たれた車の弾痕がスゴい迫力だし、ロケット砲をぶっ放して逃げて行ったり、もうたいへん。

そこから、マスメディアが絡んで、警察の威信を賭けたショウがはじまる。
ケリー・チャン演じる鼻っ柱が強い美人警視レベッカ。一般市民向けに、見栄えの良い派手な映像を提供する。作戦は強気の一手。命令に答える部下たちの「イエス、マダム!」も納得の太い眉。

対する強盗団のリーダ・ユアンを演じる、リッチー・レン。いつでも余裕を失わない表情が格好良い。

人質家族の部屋で、ユアンと殺し屋チュン(ユウ・ヨン)とが仲良く台所にたつシーンは、男臭さが漂ってステキ。二人の犯罪者が料理をするうちに心が通っていくさまが、さりげなく伝わってくる。
その後の食事シーンでは、人質である小さい息子の正義の眼差しが、犯罪者の哀しさを浮きあがらせる。

ユアンとチュンは、二人とも大陸からやってきた犯罪者という設定なんだけど、それには何か意図があるのかしら。
ユアンの言葉が違うことは何とかわかったけど、ネイティブの人には当然わかるんだろうから、それによって人物設定に何か加わるとか?(深読みかな?)
そのあたりは、外国人にはよくわからないところ。

指揮官の命令なんて完全無視のチョン警部補(ニック・チョン)の熱血には、最後には笑うしかないほど。ものすごい不死身ぶりです。

とにかく、たくさんの登場人物と、それにまつわるエピソードを混乱させることなく語る手腕には、「巧いっ」としか言いようがない。91分という短さも特筆もの。
その分、ちょっと薄いかんじがしてしまうといったら、贅沢なんだろうな。

シアターN渋谷にて(公式サイト

監督:ジョニー・トー
脚本:チャン・ヒンカイ、イップ・ティンシン
出演:ケリー・チャン、リッチー・レン、ニック・チョン、ラム・シュー、ユウ・ヨン、マギー・シュウ、サイモン・ヤム

大事件 2004  香港=中国

新しいユーロスペース

1月14日から新館オープンするユーロスペース
サイトにはまだのっていないみたいだけど、オープン記念上映のチラシを入手!

OPEN HOUSE
新館オープンを記念して、ユーロスペース配給作品からそれぞれの監督のデビュー作を上映します。
また、オープニング・ナイトは『白い花びら』を弁士付きでライヴ上映いたします。

1月14日[土]〜27日[金]連日夜9:15より。
上映作品は、以下。
1月14日[土]白い花びら(アキ・カウリスマキ)
1月15日[日]16日[月]動くな、死ね、甦れ!(ヴィターリー・カネフスキー)
1月17日[火]わるい仲間/サンタクロースの眼は青い(ジャン・ユスターシュ)
1月18日[水]トラベラー(アッバス・キアロスタミ) 
1月19日[木]卵の番人(ベント・ハーメル)
1月20日[金]エレメント・オブ・クライム(ラース・フォン・トリアー)
1月21日[土]罪と罰(アキ・カウリスマキ)
1月22日[日]23日[月]ボーイ・ミーツ・ガール(レオス・カラックス)
1月24日[火]少年、機関車に乗る(バフティヤル・フドイナザーロフ)
1月25日[水]ホームドラマ(フランソワ・オゾン)
1月26日[木]セレブレーション(トマス・ヴィンターベア)
1月27日[金]キス・オブ・ライフ(エミリー・ヤング)

見逃したものが多いのでうれしいラインナップ。

そして、同じビルに新しくシネマヴェーラ渋谷という、ミニシアター<名画座>がオープンするというチラシも入手。
オープン第1弾は、「北野武/ビートたけし レトロスペクティブ」という企画。
こちらも楽しみ〜♪。

新春から、渋谷に通うことになりそうだ。

新年を迎えて

2006sunrize我が家のベランダは東向き。
毎年、初日の出は暖かい部屋から拝んでいる。
今年も6時45分から待っていたけど曇っててダメだった。(日の出時間は6時51分)
一応、明るくなってきたので撮ったけど、太陽はどこに?

映画に行くつもりだったけれど、今ひとつのらないのでやめた。
今年はムリしないでゆるゆるしろということか。
どうなりますことやら。

« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

つぶやき


2015年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

天気ブログパーツ