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『母・肝っ玉とその子供たちー三十年戦争年代記』をみた

20世紀で最も偉大な劇作家のひとり、ベルトルト・ブレヒトの代表作だそう。

舞台は、現代の廃墟といった風。冒頭に出てくる兵士の服装も迷彩だし、現代の戦争といった風情。(実際の舞台は、17世紀ドイツ。「三十年戦争」の真最中。)
「肝っ玉」というのは、主人公である女商人アンナの通り名。口のきけない娘と二人の息子と一緒に、幌車で戦場から戦場へと商いをしてまわっている。
この母を大竹しのぶが演じている。

最初は、何だかのれない。大竹しのぶの演技は いつもはじめのうちは受け入れにくい。それでも、みているうちにいつしか引き込まれてしまうところがスゴい。

母は、戦争のおかげで金儲けをしている。この戦争の大義なんてどうでもよいのだ。お金を稼げれば。それでも、平和になった時に「破産してしまったけど、平和はいいね」と言える無邪気さが美しい。
そして、子供たちを失った時の悲しみには胸が痛くなる。そして、自分が生きていかなければならないから、ずっと悲しんではいられない辛さにも。
ひとりの母の人生を通して、戦争の空しさが確かに伝わってきた。

劇中、不協和音のなかなか格好良い音楽が生演奏で挿入される。でも、俳優がうたう歌がかなり難しそうで、今ひとつ流れを中断させてしまっているような。歌というよりは、激しいセリフみたい。

舞台の上手で、アナウンサーのようにスーツ姿の梅沢昌代が、各場面のタイトルを読み上げる。このタイトルは、これから起こる場面の予告になっている。
起こる悲劇を知りながら、見守らなければならないことがつらかった。

作:ベルトルト・ブレヒト、翻訳:谷川道子、演出:栗山民也、音楽:パウル・デッサウ、美術:松井るみ、照明:勝柴次朗、衣装:ワダエミ、音楽監督:久米大作、音響:山本浩一、歌唱指導:小川美也子、アクション:渥美博、演出助手:大江祥彦、舞台監督:増田裕幸
〔出演〕母・肝っ玉:大竹しのぶ、長女カトリン:中村美貴、長男アイリフ:粟野史浩、次男:シュワイツェルカス、料理人:福井貴一、従軍牧師:山崎一、娼婦イヴェット・ポッティエ:秋山菜津子、農婦/場面タイトル:梅沢昌代

新国立劇場にて。(公式サイト

パルムドッグ賞って

2006年の正月映画として公開されるモンゴルの映画『天空の草原のナンサ』のチラシに 「パルムドッグ賞を受賞」という紹介があった。

この賞の存在を知ったのは、『過去のない男』公開時。タハティという名前の女優犬が、映画の宣伝でとてもフィーチャされていた。(前売り特典も、タハティ栞だったし)

パルムドッグ賞は、カンヌ映画祭のパルムドール賞をもじった、最優秀主演”犬”賞。公式の賞ではないらしいが、2001年に設立されたらしい。
(そこら辺りの説明は、「犬in映画」サイト内のこのページに詳しく載ってます)

最近、映画に犬が出てくるとそちらに目がいってしまうわたしなので、当然これは注目の映画。モンゴルを舞台にしたドキュメンタリィ映画『らくだの涙』のビャンバスレン・ダバー監督作品ということも楽しみのひとつ。

2004年に受賞したのは、『モンドヴィーノ』に出演した犬たち。
この映画も現在公開中。

みちゃった「安宅の関」

昨夜は、大河ドラマ「義経」が「安宅の関」!
ということで、「義経」を初めてみた。
初めてなので、流れとかキャラクタとか全く知らない上での感想。

「勧進帳」と同じなのは、弁慶がニセの勧進帳を読む/弁慶が義経を打擲する/富樫が弁慶の気持ちを汲んで義経主従を通してあげる、という三点だったかと。

富樫は石橋連司。いきなり酔っぱらって登場し、ねちっこいかんじで追いつめていくのは、歌舞伎と違う性格付け。しかし、油断させておいてなかなかの切れ者なのだった。
弁慶(松平健)が、ニセの勧進帳を読むところは、歌舞伎と同じ雰囲気。
そして、義経(滝沢秀明)を打擲するきっかけは、静御前からもらった笛を持っていたから。山伏が笛なんて持っているのはおかしい、と問いつめる富樫。そこで、「盗み癖が治らぬかぁ、そのせいで皆が疑われるのだぁ」と、バシバシと打つ。
涙ながらに打ち続ける弁慶の気持ちにほだされた富樫は、義経と分かった上で、関を通してあげるのだった。(見送る時富樫は「九郎殿」って言うのだ。分かりやすい。)

やはり、勧進帳を読む時の緊迫感と、義経を打擲する弁慶に感じ入って、関を通す富樫の男気はドラマになります。

でも、弁慶は泣き過ぎでは。義経を打つ時に、あんなに泣いたらバレるに決まってるって。その他の郎党も、泣いてるし。
そして、関を無事に通過した後、義経に詫びる時もワンワン泣いてるし。
う〜ん。そういう人間という演出なんだろうけど、違和感がある。
それに、郎党たち4人が、あまりにも田舎臭くてバカっぽい気が。。周囲がそういう者たちだから、敗走することになるという説得力なのか?それとも今回だけ?

初めてみたのに、文句はこのくらいにしておきまする。失礼。

『奇談』をみた

諸星大二郎の傑作漫画「生命の木」の映画化!ということで、話しを聞いてから楽しみにしていた。(ソースは週刊大極宮の第220号だった)

「妖怪ハンター」あるいは「稗田礼二郎のフィールド・ノート」シリーズは、稗田礼二郎という異端の考古学者が、各地に残る奇怪な事例のフィールドワーク時に、不思議な事件に巻き込まれるというもの。
映画化された「生命の木」というのは、東北地方のかくれキリシタン"はなれ"に伝わる〔世界開始の科(とが)の御伝え〕というもう一つの創世記をめぐる話しだ。

まずは映像がステキだ。なんだか妖しくてワクワクする。教会とか旅館とか"はなれ"の集落とか。かなり原作のテイストがある。
そして、ストーリィも「生命の木」に関する部分はほぼ原作通り。かなり忠実なのには感動できる。
稗田礼二郎役の阿部寛も、最近はこんな役の彼ばかりみている気がするが、やはりハマっている。髪型は短髪で「TRICK」の教授みたいだけど、眼鏡のおかげで良い雰囲気をだしている気がする。
と、ここまで褒めてはみた。でも、短い原作を膨らませるために付け足した部分が気に入らない。"神隠し"って、何よ。七歳だとか思わせぶりだし。はなれの伝説とは全く関連しない形にしてくれればまだいいが、下手に絡めてしまっているので、おさまりが悪い。
そして、語り手である主人公が最後のほうで、説教じみたヘンなまとめをするのには力が抜けてしまう。そういう話しではないだろう。(残った謎の部分を総括してくれるのはいいんだけどね。)

でも、"ぱらいそ"へ昇天する映像はみてよかったと思えるものだった。
やはり、「おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」だわ。

小松隆志脚本・監督。
池袋シネマサンシャインにて。(公式サイト

『フリークス』をみた

1932年に全米公開され、英国では公開後すぐに上映禁止処分を受けた呪われた映画。『魔人ドラキュラ』(ベラ・ルゴシ主演)のトッド・ブラウニング監督作品が、デジタル・リマスター版として公開された。

舞台はサーカス団。小人のハンスは同じ小人の婚約者フリーダがありながら、空中ブランコ乗りのクレオパトラに夢中。クレオパトラは美しいけれども邪悪な性格の持ち主で、ハンスに貢がせている。そして、ハンスが莫大な遺産を相続したことを知ると、彼と結婚してから毒殺する計画をたてる。結婚を祝うパーティの席で、ハンスに毒を盛るクレオパトラ。病の床に伏せったハンスと仲間たちは、彼女の陰謀に気づき壮絶な復讐を果たす、という結構わかりやすいお話し。

本物のフリークスが出演している。その迫力が凄まじい。
ハンスとフリーダを演じたのは実の兄妹。その他、両腕のない少女、両手両足がない(乱歩の「芋虫」のような)男、腰から下がない男。腰のところで結合したシャム双生児の美人姉妹。とにかく、当時の見世物小屋のスター・フリークばかりだったそうだ。
清楚にハンスを愛するフリーダに比べて、あまりにも邪悪なクレオパトラ。それに気づいたハンスが、クレオパトラのことを怪物(フリーク)と言ったように、いつしかみている方もクレオパトラへの復讐を待つ気分にさせられてしまう。
その復讐シーンは想像以上に恐ろしかった。
そして、映画の冒頭で予告されているモノ。ふぅ。
1時間ちょっとの作品だが、中身がみっしり詰まっていた。

ライズXにて。(公式サイト

『吉例顔見世大歌舞伎(昼の部)』2回目

senshuraku-nov顔見世の千秋楽。今月2回目の昼の部。(その時の感想はここ
本日は1階通路後ろすぐの席。ここからだと舞台全体がとても見やすいし、2等席なので値段も少し安いのでお得。だが、本日は通路を挟んで前の席に大きい人が座ったため、舞台の真ん中に穴があいた。残念。これも運なのであきらめる。

「息子」前回みた時気になった点 ”親子二人は、いつお互いのことに気づくのか?”に注目してみていた。
9年前に上方へ修行に行った息子を信じている親父。ならず者になって帰ってきた息子。やはり、最初はお互いに気づいていない。息子が気づくのは、親父が息子の名前を言った時。親父のほうは、最後まで気づいていないようにみえた。
筋書にも、”正宗白鳥は「九年ぐらい会わなかった実の親が子の顔や声を忘れるのはおかしいと疑問を呈しているが、その点の克服が演技、演出の難しさにもなっている。”とある。その点をどう克服すれば良いんだろうか?
19歳の時から9年というのが微妙な年月。もう少し経ってしまっていれば納得できるかもしれない。気づいてしまう演出だとベタベタになってしまいそうだし、確かに難しいところ。

「熊谷陣屋」仁左衛門の熊谷直実はやっぱりいいわ〜。動きや表情やセリフが豪快でメリハリがあるので、義太夫の語りがよ〜くわかる。決まった時の格好が良いのでみていて楽しい。今までは、熊谷が勝手に出家してしまって、妻の相模が置いてきぼりなのが疑問だったのだけど、今回は熊谷の絶望が伝わってきて納得できた気がした。
雀右衛門の相模は、前回よりも更にしっかりしていて素晴らしかった。立ち上がった時に少しよろっとしても、動揺している演技だと思えたくらいだ。前半は、敦盛を失った藤の方への気遣いが伝わってくるし、後半は実の息子を失った嘆きが伝わってきた。

「雨の五郎」「うかれ坊主」舞台の真ん中が見えない状態だったので、コメントなし。

「文七元結」2回目なので冷静にみてしまった。幸四郎の長兵衛は、博打で借金をこしらえてしまうような人間にみえないところが難点か。長兵衛が大事な五十両を文七にやってしまうくだりには納得できるものがあり、人生訓みたいなものを感じた。
何はともあれ、ハッピーエンドの幕切れは気持ちが良いもの。

『乱歩地獄』をみた

昨年だったか、新文芸坐の"江戸川乱歩映画特集"にトークショウがついていて、乱歩の孫である平井憲太郎がゲストだった。その時に、この映画の企画について話しがあり、浅野忠信が出るということで大変楽しみにしていた。

短編4作、それぞれ監督が違うオムニバス。

「火星の運河」(監督:竹内スグル)
アバンギャルドな仕上がりで、映画の導入としてとても良い。
音の使い方、フラッシュバックする映像。幻想世界に引き込まれる。
どこかと思っていたが、アイスランド。この世のものではないような風景が美しい。
「鏡地獄」(監督:実相寺昭雄)
ストーリィがわかりやすく、映像のケレンも面白い。このくらいやってもらえると、突っ込みがいがあって、笑えるのでマル。浅野忠信のダンディな明智小五郎。小林少年や、鏡に取り付かれている男・透との眼差しの交換もなんだか妖しげである。(考え過ぎ??)透の成宮寛貴の美青年ぶりもなかなかの熱演。
謎解き時、浅野忠信の棒読み具合も絶妙!
「芋虫」(監督:佐藤寿保)
この作品を映画化しようという気持ちがスゴい。エピソードとかキャラクタを加えているので、オリジナルのグロテスクさは薄まっているかも。
大森南朋の顔がわかりません。この役を受けるなんて、エラい!
「蟲」(監督:カネコアツシ)
浅野忠信が、厭人病者の柾木愛造を怪演。
緒川たまきも冒頭のヘンな踊りから、ヘンな髪型、最後の××まで、みせてくれる。
ユーモアさえ漂うチープな空間で展開される残虐。

エンディングテーマが、妙なかんじの余韻を拡大してくれた。

シネセゾン渋谷にて。(公式サイト

『吉例顔見世大歌舞伎(夜の部)』をみた

「日向嶋景清」作者の松貫四は吉右衛門の筆名。今年のこんぴら大芝居で初演したそう。原作は、浄瑠璃「嬢景清八嶋日記」の三段目。
平家の侍大将だった景清が平家の滅亡後に、自ら両目を潰して日向嶋で暮らしている。そこに、小さい時に生き別れた娘である糸滝が訪ねてくる。
ここで、すがりつく糸滝に、自分が父親ではないと追い払おうとするんだけど、そのハラが良くわからない。結局は、里人のおかげで親子の再会を果たせるのだが、そうやって会って泣くくらいなら、最初から名乗ればいいのでは?と思ってしまうので、話しがよくわからなくなる。
更に、遊女屋へ身を売って作ったお金を渡す時、伴ってきた佐治太夫が「嫁入り先である大百姓からの寸志」だと偽るのだが、百姓からの金が気に入らないと怒った振りをして娘を帰らせるのも伝わりにくい。
うーーん、難しい芝居よなぁと思っていた。そしたら、お金が身売りして作ったものだと知った時の景清の嘆きには胸が熱くなるものがあった。そうか、やはり娘への愛は深いのだと納得させられる嘆きだった。
その後、舟が出てきて立派だが、乗るまでの間の悪さはどうなんだろうか。着替えなくても良いのにと思ってしまった。

takanosuke「鞍馬山誉鷹」富十郎の長男・大ちゃんが、初代鷹之資を名乗る披露狂言。2歳の時から舞台に出ていて、泣かないだけでも偉いよなぁと思っていた。
今回の立ち回りも、楓四天たちが2割増しに大きく思えるほど小さい体でよくこなしていたと思う。ワイヤーアクションならぬ人力アクション!子供ならでは。楓四天たちも、子供にあわせているせいか緊張感があってピリッと格好良かった気がする。
父親である富十郎、そして雀右衛門、吉右衛門、仁左衛門、梅玉を従えての立派な門出。舞台が好きらしいので、のびのびと育っていただきたい。

「連獅子」幸四郎、染五郎親子の共演。この組み合わせは初めて。幸四郎の踊りも初めてかと。何だか姿勢が悪いような。染五郎は年の割には初々しい仔獅子ぶり。親子それぞれが、独自の毛振り。親はおっとり、子は激しく。場内は大変盛り上がっていた。

「大経師昔暦」近松門左衛門の書いた世話物。大変リアルな話しだった。
実家が困っているときいたおさんは、夫・以春には頼みにくいと手代の茂兵衛に金策を頼む。しかし、それが同僚の助右衛門にばれてしまい大騒ぎ。茂兵衛を慕う女中のお玉がかばうが、それが逆にアダとなってしまう。お玉は、助右衛門にも以春にも横恋慕されていたのだ。
そこから、話しがもつれて、おさんと茂兵衛は関係をもってしまう。そこらへんの成り行きが、歌舞伎らしくなくとってもリアル。
時蔵と梅玉は、リアルな話しを説得力ある演技でみせている。敵役の歌六も分かりやすい。お玉をやった梅枝もよかった。セリフを言う時の体の動きは気になったけど、若い女形として今後に期待。
暗ーい幕切れは、顔見世の打ち出しとしてはどうかと思うが、本日夜一番の芝居だったと思う。

『空中庭園』をよんだ

先日みた映画の原作を読んでみた。(映画の感想はここ

郊外のダンチで暮らす京橋家。その家族について、娘、夫、妻、祖母(妻の母)、夫の愛人、息子、と六人それぞれの視点で語られていく。

誰にでも一つや二つの秘密はある。もちろん、家族だからってその全てを知っているわけではないし、家族にだけは教えたくないことだってある。
「何ごともつつみかくさず、タブーをつくらず、できるだけすべてのことを分かち合おう」というモットーが、かえって秘密を重苦しいものにしてしまう皮肉。
語り手が変わることによって、浮き彫りにされていく虚ろさ。
家族って何なんだろうか?

映画も恐ろしかったが、ラストに希望の光を感じさせられた。
でも、小説は明るいような乾いた文体で淡々と進んでいて、更に恐ろしかった。

映画のパンフレットに、夫の愛人視点の続編が掲載されている。
映画によせている著者のコメント。
「家族っていったい何なのか。それを知りたくてこの小説を書いた。書いても見つけられなかった答えをこの映画は見せてくれた。」
その答えなのかな、と思わせられる短編だった。

角田光代作。文春文庫。

『SPL<殺破狼>』をみた

昨日に引き続き、東京フィルメックスのコンペティションの作品をみる。

まずは、ビデオレターの上映。監督が来日するはずだったのが、新作の撮影のために来られず、代わりとして。
ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン、サモ・ハンの三人。
更に、監督からのメールメッセージもあった。

97分とは思えない凝縮感。ずっと緊張してみてしまったのでとても疲れた。
とにかく男の映画!女なんてチラリとしか出てこない。

チャン刑事(サイモン・ヤム)は、黒社会の大物ポー(サモ・ハン)の逮捕に執念を燃やしている。ポーを有罪にできる重要証人が殺されてしまい、残された小さな娘を養女にするチャンは、ポーへの憎しみをさらに燃やす。チャン刑事が警察を辞めることになり、後を引き継ぐことになるマー刑事(ドニー・イェン)。
ポーとの死闘が繰り広げられる。

チャン刑事の執念と、行動を共にする3人の部下たちとの絆が泣かせる。
手段を選ばない4人。時間がないのだ。
結束の固い4人に巻き込まれていくマー刑事。ほだされる男気。
そして、養女への愛情。
残忍な殺し屋が、ものすごく恐ろしい。
白い服に赤い血がドバっと。

そして、ドニー・イェンのアクション。美しかった。
メリハリのある動き。縦横無尽のけり。
そして、サモ・ハンのアクション。どうしてそんなに動けるんだ。
重量級と軽量級の対決は、ちょっと意外な結末に。

「父の日」は大事な日らしい。
父と子の不器用な愛情も悲しかった。

「この映画の青い空と青い海は、理想の世界で、どこにもないのかもしれない」と監督のメールメッセージ。
悲しくて空しいラストシーン。
エンドロールが終わっても黒バックで音楽がしばらく流れて余韻に浸った。

2006年3月4日公開予定。

有楽町朝日ホールにて

『スリー・タイムズ』をみた

第6回東京フィルメックスのオープニング作品。
まずは、オープニングセレモニー。ディレクターの挨拶、審査員の紹介、審査委員長の挨拶、上映作品の監督である侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の挨拶があった。
映画祭っぽい雰囲気を満喫〜!

上映は、スクリーンには日本語字幕で、下部にプロジェクタで英語字幕投影。

時代の異なる三つのラブストーリィが展開する。

ひとつめは「恋愛の夢」1966年の高雄が舞台。
いきなりのビリヤードシーン。
そして、張震(チャン・チェン)。髪の毛が、、坊主だ。
おっさんくさいかんじだけど、兵役につく少年らしい。
舒淇(スー・チー)は、ビリヤード場の会計係。
ちょっとムード歌謡な雰囲気の淡い懐かしいかんじの恋。

ふたつめは「自由の夢」1911年の遊郭が舞台。
記者(なのか?)、張震。今度は弁髪。(これが結構似合っているのだ)
金持ちっぽい雰囲気がとってもステキ。
舒淇は、遊郭の芸妓。
古い家具調度も美しいサイレント。

みっつめは「青春の夢」2005年の台北が舞台。
カメラ店で働いている張震。普通の短髪。
舒淇は、バンドやっている。退廃的なボーカルがステキ。
携帯電話、インターネット、カメラ、ライブ。
刹那的な愛が悲しい。

面白かった〜、と単純にはいえないけれど、見てよかったと思える作品。
美しい映像に(撮影監督は李屏賓(リー・ピンビン))浸ることができたので満足。

舒淇は、この映画で金馬賞をとったそうだ。
セリフがほとんどないのに、いろいろと想像させられる演技。
彼女の色々な表情がとても生々しかった。

張震、色っぽくなったもんだわ。『愛の神、エロス』でもかなり官能的な演技をみせてくれたけど。
それでも、わたしにとっての張震は『クーリンチェ少年殺人事件』の少年なので、顔が細長くなったものよ、と感慨深いものがある。

終映後のティーチインでは、かなり赤裸々に撮影事情を語ってくれた監督。
以下、メモ。(記憶違いはご容赦を)

Q)監督の映画に対する姿勢はどう変化しているのか?
A)創作は道と同じものだと思っている。たどりつけなくて、終りがないもの。人間とは、という思索は尽きることのない道。
Q)3つの話しで3つの時代。それなのに主人公二人のキャラクタが同じように感じられたのは、意図しているのか?
A)最初の企画では、3つとも別の監督で撮ることになっていた。1966年を私が撮る予定だった。3つとも愛がテーマ。時代をからめながら愛を描くラブストーリィだ。
Q)これまでの監督のスタイルを全て一度にみることができたと思う。内容からスタイルを決めているのか?
A) 最初に撮ったのは2005年のパート。二人が慣れなかったせいで一番時間を費やして、お金がかかってしまった。1911年のパートは、11日間かけた。古 い台湾の言葉を話すことが二人ともできなかったので、サイレントになった。1966年のパートは、6日間しか時間がなかった。舒淇は次回作の予定、撮影監 督の李屏賓には日本での予定(行定監督「春の雪」)があった。それまでの撮影で二人とも良い関係になり、甘い雰囲気をうまく出すことができた。
スタイルは時間的な制約によるもの。
映画の順番。1966年のは自分の思い出を描いていて、二人にも甘いムードがでているので、1番目。サイレントはこの辺でということで2番目。そろそろ慣れてきたところで2005年。というように、観客の忍耐度を考慮した結果で決めた。
Q)タイトルとサブタイトルの関係は?
A) 原題『最好的時光』というのは、その時が一番という意味ではない。それが返らないから美しい、記憶の中だけで美しいということ。
そして、最良の別れのなかの夢とい うこと。「恋愛の夢」ビリヤード場の女の人への淡い恋心。「自由の夢」日本統治から自由になるための夢と芸妓から嫁いで自由になりたいという夢。「青春の 夢」退廃的、虚無的、消費的生き方。

サイレントになった経緯に 場内は大爆笑だった。

2006年に公開されるそう。
原題『最好的時光』『スリー・タイムズ』は仮題。
東京国際フォーラム・ホールCにて

『児雷也豪傑譚話』をみた

河竹黙阿弥の原作に大胆な創意を施しているそうだ。
演出は尾上菊五郎が「ハリウッド風の明快な展開を狙った、言うなればコミック歌舞伎」と説明しているそうだ。(ぴあの記事より)

蝦蟇(ガマ)、蛞蝓(ナメクジ)、蛇の妖術対決、宙乗り、だんまり、スゴい立ち回り、とおいしい要素がてんこ盛り。

序幕。悪役・大蛇丸を演じる松緑がスッポンから登場。
これがニンなのだろうか、役にはまっていて格好良くみえる。
先月の国立劇場でも悪役だったらしいけど、未見。見れば良かったかしら。
権十郎が術をかけられて悪人に変わったことを演技で自然にみせていて、ちょっと感動。
その後、合戦の場もスピーディーで良いかんじ。
でも、そこまでだった。

なんだか、流れが良くわからない。
もちろん筋は単純だからわかるけど、でも、各場面がバラバラな気がしてしまうのだ。

みどころはたくさんある。
蝦蟇、蛞蝓、蛇の対決なんて、とってもスペクタクル。着ぐるみがものすごーく良くできていて、蛞蝓なんてテカテカした質感がステキだし、蝦蟇もビョーンとはねる後ろ足がステキだし、蛇もがんばってグルグルまいているし。
そして、巫女に化けた児雷也のくだり。菊五郎と松也の女装がスゴい。團蔵のおとぼけ振りも楽しい。
最後、地獄谷での立ち回りはお見事。
太鼓などの鳴りものがバックにずらりと並ぶ。シルエットがステキ。
そして、馬に乗って菊五郎登場。やっぱり、最後に締めてくれる。

菊之助は、美しかった。でも、何か物足りないんだよなぁ。
流れにのれずに、楽しめなかったわたしです。

新橋演舞場にて。(公演情報

まつりはたのしい

beaujolais2005今年もこの季節がやってきた。
あまり流行にのりたくはないけれど、
とりあえず、年中行事(?)は大事にするということで。

今年は、「奇跡のヌーヴォー」らしい。
おいしかったわ。

『ハックル』をみた

面白かったけど、その面白さを説明するのが難しいハンガリーの映画。
「ハックル」は、ハンガリー語でしゃっくりの音のこと。

ハンガリーの牧歌的風景が広がる片田舎。
おじいさんのしゃっくりから、映画がはじまる。
しゃっくりの音、椅子のきしむ音、羊の鳴き声、牛の鳴き声やカウベルの音、トラックのガタゴトいう音、草の芽吹く音さえも、クロースアップ。
とにかく音やノイズに満ちている。
映像も美しくて、ちょっと凝りすぎなくらいのクロースアップ。

暗躍する怪しいおばあさん。女たちは何か意味ありげ。
何か事件が起こっているの?
そして、何があろうともしゃっくりをしつづけるおじいさん。

話しはサスペンス?ブラックコメディ?
あまりよくわからない。だってセリフがないんだもの。
ラスト近く、結婚式で歌われるうたが答えになるのかも。

でも、本当に面白かった。
出演者は、3人の俳優以外は、全員が撮影舞台の村(オゾラという)の住人だそうだ。(みな、顔が素晴らしいのよ。)
怪しいビンを作るおばあさんも素人だったとは!恐るべし。

ハンガリーの田園風景はとても美しく、食べ物もおいしそうだった。

監督は、パールフィ・ジョルジ。長編デビュー作だそうだ。
次作『タクシデルミア』も2005年完成予定とのこと。
タイトルの意味はわからないけど、楽しみ。公開してほしい。

シアター・イメージフォーラムにて。(公式サイト

『13』をよんだ

ベルカ、吠えないのか?』という作品が気になったんだけど、とりあえず文庫からということで購入。

冒頭の一文が、グッとくる。

「一九六八年に東京の北多摩に生まれた橋本響一は、二十六歳の時に神を映像に収めることに成功した。」

橋本響一の生い立ちから話しは始まる。左目だけが色弱という特殊な障害のせいか、驚異的な色彩能力に恵まれた少年、響一。
ザイールの森から来た狩猟部族の少年ウライネと出会い、中学卒業後にサル学者の従兄とともにザイールに渡る。
一方、農耕部族の少女ローミは、白人の傭兵との出会いにより、聖母としての別人格を育んでいた。
そして、響一とローミは出会い、圧倒的な悲劇が訪れる。

というところまでが、第一部「13」。
息をもつかせぬ怒涛の展開。
狩猟部族と農耕部族の対立、森に棲む魔、土着信仰とキリスト教の融合。
特に、ザイールの部族が、白人(日本人も含む)の文明に霊力を見いだし、自らの力とするために取り込むという描写が興味深かった。

そして、第二部「すべての網膜の終り」。
どうなってしまうの〜??と思わせられたところで、突然、舞台はハリウッド。
新進映画監督と女優が登場して、映画作りの話しがはじまる。

とにかく、響一の造形が魅力的。
冒頭に出てくる「映像に収められた神」というのは、案外あっさりと提示された気がする。そこらへんも、ニクい。

久しぶりに、展開の予想ができない作品に出会った気がした。

古川日出男作。角川文庫。

『そして、ひと粒のひかり』をみた

コロンビアといえば、貧しくて危険な麻薬大国というイメージがあった。
この映画は、そのイメージを払拭してくれるわけではない。
でも、そのような国で(だからこそ?)、人々はひたむきに生きているということを描いていて、「生きる」ということを前向きに考えさせてくれる映画だった。

コロンビアの田舎町。17歳のマリアは家族5人(祖母、母、姉、姉の赤ん坊)を養っている。町で唯一のまともな産業であるバラ園で、トゲ抜き作業を単調にこなす毎日。
しかし、トラブルで仕事をやめることになり、更に妊娠していることが発覚。
お金を稼ぐため、"麻薬の運び屋"という危険な仕事をすることを決意する。

マリアの家族はかなり身勝手なようにみえる。
特に子持ちの姉。自分のことをタナにあげて、マリアが仕事をやめたことをなじる。母もなじる。マリアしか働いていないのだ。
そのせいか、マリアは17歳の美しい女の子なのに生活に疲れている。
ボーイフレンドと会っててもあまり楽しそうじゃない。
それでも、ボーイフレンドに姉の悪口を言われると、怒って反論する。
家族はとても大切なのだ。

そして、麻薬の運び屋としてニューヨークまで旅をする。
麻薬を小さなゴム袋にいれて飲み込んで運搬するという恐ろしさ。

ニューヨークに着いてからのマリアの行動には本当にハラハラさせられる。
でも、無鉄砲としか思えないマリアの行動は「生きる」ための強い意志に満ちているのだ。応援せずにはいられなくなる。

ラスト。マリアの決断とその強い瞳に、こっちが勇気づけられてしまった気がする。

マリアを演じたカタリーナ・サンディノ・モレノ。ベルリン国際映画祭の主演女優賞受賞や、アカデミー賞の最優秀主演女優賞ノミネートも納得の演技。
マリアという名前にふさわしい神々しささえ感じられた。

サブタイトルの"Based on 1,000 true stories"に、考えさせられる作品。

監督は、アメリカ人のジョシュア・マーストン。長編デビュー作だそうだ。
シネ・アミューズ(赤いほう)にて。(公式サイト

みてしまった

阿部サダヲが出演するというのを知ったので、思わずみてしまった。
フレンドパーク」という番組。
絶対にオンタイムではムリだと思ったので、録画してから追っかけ再生。(そこまで?)

それほどファンというわけではないんだけど、番組欄をチェックしてたら目にはいってしまったのだ。先日観た『七人の恋人』でもスゴいものをみせてくれたし。

35歳だということをはじめて認識して、びっくり。
そして、意外と(?)シャイな様子。相棒のベッキーにトークで引っ張られてた。
当たり前だけど、舞台とか"グループ魂”のステージでのキレっぷりは演技なんだなぁ、と実感。やっぱり、上手な役者なんだわ。

ものまねするゲーム終了後 関口宏に「なかなか器用だっ!」ってほめられてた。

『空中庭園』をみた

小泉今日子が母親で鈴木杏が娘となったら、見ないわけにはいきますまい。
せっかくなので、本日で移転してしまうユーロスペースさよなら鑑賞ということに。

家族をめぐるシビアで恐ろしい物語。

「何ごともつつみ隠さず、タブーをつくらず、できるだけすべてのことを分かち合う。それが私たち家族の決まり…」

完璧に準備された朝食。姉娘マナの質問「私、どこで仕込まれたの?」で始まる会話。「ラブホテル」と、こともなげに返答する母親の絵里子。父親の貴史と息子のコウも和やかに加わる。この家族、何だかヘンだ。

絵里子を演じる小泉今日子。理想の家族を作ろうとがんばって、
そして、がんばればがんばるほど家族たちの心がバラバラになっていく、
切なさ、空しさがにじみでる完璧な笑顔。

浮気三昧の夫・貴史を軽妙に演じた、板尾創路。
複雑な思いを抱えながらも家では明るい娘を演じているマナを、鈴木杏。
無表情で良い味をだしているコウ役は、広田雅裕。映画初出演だそうだ。
そして、絵里子の母親は、大楠道代。絵里子の人生設計とか家族という概念とか、その他もろもろに多大な影響を与えている母親という存在を表す強烈な存在感。

貴史の愛人の永作博美が、ものすごくトリッキィな役どころ。
もう一人の愛人のソニンも、強烈に話しを進める役。ちょっとエロい。

クライマックスの誕生会。おそろしい緊張感。破綻する家族。
巨大なバースディケーキにつきさすロウソクの音がホラーのよう。

「本当に大切なことは、墓の中まで黙って持ってくもんよ」

そして、ラストシーンの雨。
多分、家族は再生できたんだろう。
ずっと、疲れたかんじに撮られていたKyon2。
雨に濡れた表情がとても美しく、ほっとさせてくれた。

UAによるエンディングの歌が、素晴らしい余韻を残してくれる。

事情により、縮小公開になってしまったのがおしい映画。(公式サイト
角田光代原作。

先日の『ボーイ・ミーツ・ガール』は新しいほうのユーロスペース2でみた。
本日は、ユーロスペース1にて。

「追記」(11月21日)
原作を読了。(感想はここ
この映画にまとめあげた監督の力量は素晴らしいと感じた。
希望を感じさせるラストシーン。原作では、このシーンを全く異なるものとして使っており、その違いに胸が痛くなった。

気になる映画『マサイ』

マサイ』という映画のプロモーションでマサイの若者が来日したそうだ。

ケニアには2回行ったことがある。広大なサバンナでのカメラハンティングが目的の旅。日本からは遠いけれどもとても魅力的な場所だ。
そして、マサイの人々を見かけることもあった。漆黒の肌を持ち、素晴らしい装身具と鮮やかな衣装に身をつつむ美しい肢体の持ち主たち。

公式サイトによると、監督のパスカル・プリッソンはドキュメンタリィ出身らしく、本作が初長編映画。12年かかってマサイの信頼を勝ち取ったそうだ。

マサイの戦士たちには「弱者」という概念がなく「弱者」を演じるように説得することが大変だったとか、そもそも演技という概念がなかったマサイの人が俳優として演じる困難だとか、興味深いものがある。

撮影は、ミルチョ・マンチェフスキー監督『ビフォア・ザ・レイン』のマニュエル・テラン。『ビフォア・ザ・レイン』はとても美しい映画だったので期待できそうだ。楽しみに待つことにする。

『ダブリンの鐘つきカビ人間』をみた

2002年にパルコ劇場で上演した作品の再演。

旅の途中で若い男女、真奈美が山荘に迷い込み、そこの主人が語りだす不思議な物語。
奇妙な病に冒された人々の住む中世の街。全身をカビで被われたカビ人間は皆の嫌われ者。そして、気持ちと反対の言葉しか話せない少女、おさえ
いつの間にか「物語」に入り込んでしまう、聡と真奈美。

カビ人間の片桐仁は、前回の大倉孝二と変わらない路線。で、何か地味だ。雰囲気は良いと思うんだけど。おしい。
おさえの中越典子は、とてもキレイ。今回のお姫さま衣装とキラキラメイクが良く似合っている。
二人のエピソード削っていないかな?もうちょっと何かあった気がしてしまう。

真奈美役の土屋アンナ。スタイルは良いし、中世に舞い降りたヒーローといった風情がとても決まっている。ハスキィな声の歌も良かった。
聡役の姜暢雄が、ヘナチョコな役どころをがんばっててカワイイ。

そして、続投組。山内圭哉と池田成志の「群馬水産高等学校校歌」を聞くことができただけでも満足だ、っていうくらい好き。前回の公演で山内圭哉を見初めたのだった。あと、ヘンな人形とミョーな笛の予言もまたみられてうれしい。
橋本さとしの二枚目顔が、劇画調に変幻自在なのもステキ。馬もよし。
そして、若松武史を久しぶりに見たよ。相変わらず、気持ち悪い動きにしびれてしまう。今回新たにヒルをつけた姿もグッドだった。
後藤大王さまのギャグも言うまでもなく。

主役2組のキャストが変わり、街の人の数が3人(?)増えたくらいで、意外なくらいに前回と変わらない印象。(それもまた良しだが)
主役2組の印象も、ともするとデジャヴュ?ってくらい、前回に似てたような。キャスト変えたんだから、少しは変わったほうが良かったかも。エビとかエルビスとか。
衣装とメイクは、ちょっと派手になったと思う。

そうだ。「み〜たぞ、みたぞ」の歌が少し凝ったかんじに変わっていて、覚えられなかったよ。
今も、前回のメロディで歌ってしまうわたしだった。

ル テアトル銀座にて(公演情報

『ボーイ・ミーツ・ガール』をみた

移転するユーロスペースが、「LEAVING HOME」というイベントを行っていて、以下のラインナップが日替わりで上映されている。

  • ツァイ・ミンリャン『』1997(台湾) 
  • アッバス・キアロスタミ『桜桃の味』1997(イラン)
  • レオス・カラックス『ボーイ・ミーツ・ガール』1983(フランス)
  • フランソワ・オゾン『焼け石に水』2000/『海をみる』1997(フランス)
  • カール・ドライヤー『裁かるるジャンヌ』1927(デンマーク)
  • ヴィターリ・カネフスキー『動くな、死ね、甦れ!』1989(旧ソビエト連邦)
  • ジャン=マリー・ストローブ+ダニエル・ユイレ『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』1967(ドイツ・イタリア合作)
  • アキ・カウリスマキ『浮き雲』1996(フィンランド)

もう一度見たいものばかりだけど、未見だった『ボーイ・ミーツ・ガール』を見ることに。
20時から整理番号の受付開始。19時45分頃に行くと10人ほど並んでいた。20時55分の開場。目的の最前列を確保できた。大人気らしく満席。座布団もでていたよう。

「フランス映画界の恐るべき子供」と呼ばれたカラックスの処女作。カラックスの作品は、『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』『ポーラX』の4作のみ。1999年の『ポーラX』以来、作品がないみたい。
『汚れた血』は疾走感があってジュリー・デルピーが可愛くて、ものすごく好きだった。しばらく恋人だった(と思う)ジュリエット・ビノシュが苦手だった。
とか、思い出しつつ、本編の上映。

モノクローム画面がとても美しい映画だった。これは、テレビ画面では絶対にわからないと思う。黒と白の微妙な色合い。
そして、カラックスの分身アレックスを演じるドニ・ラヴァンが語るモノローグのような台詞。そして、疾走。
久しぶりに、不思議な夢のような映画をみたという感覚に耽る。

11/13(日)まで桜ヶ丘にあるユーロスペースにて。

『吉例顔見世大歌舞伎(昼の部)』をみた

kaomise-kabukiza今年も顔見世の季節になってしまった。

昼の部は楽日に再度観劇予定なので、簡単に感想など。

「息子」初めてみる演目。登場人物三人のみの台詞劇。染五郎、信二郎、歌六と役者も十分だけど、もう一つオチがきいていないような。父親が何時「息子」と気づくのか、が見せ場だと思うんだが、今ひとつわからない。

「熊谷陣屋」襲名以来なので本当に楽しみにしていたが、それ以上の素晴らしさだった。義太夫狂言は、ともすれば退屈に感じることもあるけれど、仁左衛門の熊谷直実はハラがよ〜くわかるので、話しの流れにのりやすい。そして、とても豪快でスケールが大きい。三階から観ていて、舞台いっぱいに体が広がっているように感じられた。
そして、雀右衛門の相模。もう素晴らしいの一言。格調高くそして情にあふれてて、泣かされてしまった。
梅玉の義経、秀太郎の藤の方、左團次の弥陀六も、手堅く。
歌舞伎を観る幸せを感じる一幕だった。

「文七元結」幸四郎の世話物ということで何となく不安があったけど、普通に面白い芝居になっていた。秀太郎の角海老女房。やわらかくって大好き。

夜の部で初代鷹之資披露狂言があるので、二階ロビーにお祝い品の展示があった。

『ベルベット・レイン』をみた

今年は香港映画を積極的に見る年になっているみたい。実際に面白い作品が多いし。
ということで、またまた終映間際のモーニングショウへ。案外混んでいた。

黒社会の大ボス、ホン(アンディ・ラウ)の暗殺計画が流れた夜、彼の片腕レフティ(ジャッキー・チュン)は、配下のボスたちの粛正を指示する。
一方、黒社会でのしあがるために、二人の若者イック(ショーン・ユー)とターボ(エディソン・チャン)は、ある暗殺計画の実行犯となり、夜の街を走る。

メジャー映画デビューとなるウォン・ジンポー監督。
三人のボスが携帯で話しながら歩いていて、レフティが登場するまでの冒頭のシークェンスは格好良いと思ったけど、その後はそれほどでも。少々あざとい印象。
ホンのバストショットがピント甘いのは、何か指示でもあったんだろうか。アップの時は気にならないから、何か意図でもあるのか?よくわからないけど気になった。
ホンとレフティの会話中、舟にでものっているように背景が動くのも、ちょっとやり過ぎかと。笑ってしまった。

それなりには楽しむことができたけど、なんだか消化不良なような。
素材がとてもおいしいだけに、なんだかおしい気がしてしまう。

二組が交わるラストについては、それほど感心できなかった。
過去と現在>ではなくて、<歴史は繰り返す>というオチだったら良かったかもしれないが、そういう流れではなかったからムリだし。

レフティがレストランを出る時に電話でいったセリフが謎。

でも、ホンとレフティがレストランで語るシーンは好き。特に、ホンが「俺を殺せるのはお前だけだ」って言うところ。レフティと一緒にわたしも動揺してしまった。今まで見たアンディのなかで、一番格好良いと思ったよ。

新宿武蔵野館にて。(公式サイト

『ドミノ』をみた

実在した<バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)>ドミノ・ハーヴェイをモデルにした映画。
ドミノを演じるのは、キーラ・ナイトレイ。今までは、ウィノダ・ライダーやナタリー・ポートマンに似た美人女優というイメージを持っていたけれど、そのイメージを払拭する格好良さだった。ショートの髪に、濃いめのメイク。演技もクールにきめている。

FBIの取り調べを受けるドミノの回想により話しは進む。
俳優の父親とモデルだった母親を両親に持ち、モデルとして活躍するほどの美貌の持ち主だったドミノが、周囲になじまず、賞金稼ぎのチームに加わった経緯。そして、現在FBIに拘束された事件の断片が、ジグソーパズルのように語られる。

陰影の強い映像が斬新ではある。荒々しい暴力をMTVのように軽妙に表現してみせ
、爆発シーンはものすごく派手。

冒頭で「真実を基にしている、、、かもしれない」と、銘打っているように、何か本当ではないような雰囲気を醸し出していて、それが何とも言えない雰囲気。
ドミノ本人も、最後に顔を出して、映画に花をそえている。(かな?)

俳優たちのラインナップはクセ者ぞろい。
特に、賞金稼ぎチームのボスを演じるミッキー・ロークが渋くて色っぽかった。(復活?)
個人的には、キレやすい相棒チョコを演じたエドガー・ラミレスが好み。

トニー・スコット監督。(公式サイト

シネマサンシャインにて。

『七人の恋人』をみた

もう、喉が痛くなってしまうくらい笑ってしまった。疲れ気味の頭がリフレッシュできたってかんじ。

ビミョーに繋がっているような7本のエピソード。
以下、多分、見ていないと何が何だかだと思うけど。
「FIRST KISS」いきなり、尾美としのりと田辺誠一が学生服着ててキスの練習。次々と繰り出されるギャグ。尾美としのりが転校生って、懐かしい〜。
「ナンバーワン・イン・ザ・UNKO」阿部サダヲの歌舞伎町No.1ホスト。巨大な○○コが、シュール。尾美としのりと三宅弘城の女装もステキ。
「マタニティ堀内」阿部が妊婦のためのエアロビクスインストラクタに。妊婦役は三宅弘城と星野源。壊れっぷりがおかしい。
「ほとんど×三宅マン」作り込んだヒーローもの映像(主題歌、ナレーションつき)。阿部が思春期少年、はまりすぎ。宮藤官九郎の女装もカワイイ。でも巨乳子ちゃんって。。
「SHOW-Z.com」少路勇介の踊りがうまい。ヒップホップな動作が可笑しい。阿部のゴスロリがけっこうなリアリティ。で、コワくて笑える。目黒ゴスロリナイトって、ありそうだし。
「むねさん」最初誰が誰だか判らなかった、禿げヅラ三人。田辺、阿部、三宅。ヘッドギアむねさんは、尾美。(星野源と間違えていました。) テレパシィの時、微妙にアンテナ(?)な宮藤が笑える。<木村カエル>にも、笑った。
「七人の恋人」薬師丸ひろ子のナレーションで、恋人たちと夢で会いましょう。
宮藤と阿部の狩人、うまいわぁ。

それぞれが見せ場ありで、理屈抜きの面白さだった。

バンド演奏あり。何となく学祭を思い出させる音。「ベースはバンドの要よ」にうなづいてしまった。(だって、ベースがないんですもの)
いろいろなネタで、オチにつかわれていた田辺誠一。一番格好良い人なのに、良いかんじにハズしてて、ホント笑えた。白い学ラン似合ってるし。メントスだし。
一応、三宅弘城へのダメだしは書いてきました。

人気に比べて小屋が小さいのでチケット取るのがいつも大変。でも、これ以上大きい小屋でやるネタではないよなぁ、と思ったり。

ウーマンリブ(Vol.9)公演。本多劇場にて。

「白夜行」がドラマ化

「白夜行」がドラマ化されるらしいというニュースを読んでしまった。
「読んでしまった」と書いたのは、記事の内容をネタバレだと感じたから。

ネタバレの定義は人によって違うとは思うが、<迷宮入りした質屋殺し事件の関係者だった少年と少女の成長と、その周辺で起こる不可解な事件を描く。少年は少女のために自分の父親を殺し、少女は少年をかばうために母親に手をかける。その後も少年は、少女のために自らの手を汚していく。小説では2人の接点は描かれず、心理描写もない。彼らをとりまく人々の視線で話が語られる。>(背景色で引用)というのは、この話しのキモではないんだろうか。少なくとも、わたしはそう思う。

年末に、StudioLife公演で観劇予定の「白夜行 第二部」を楽しみにしているだけに、「第一部」を観た後で想像していたことが少しムダになった気持ち。

来年1月に、TBSで放映予定。ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」で共演した山田孝之/綾瀬はるかが再共演だそう。

わたしが読んでしまったのは、ニッカンスポーツ。

『ウィスキー』をみた

初めて日本で公開されたウルグアイ映画だそうだ。(公式サイト

主要な登場人物は三人。
ウルグアイにあるさびれた靴下工場の経営者ハコボ
工場で働いている中年女性マルタ
そして、ハコボの弟エルマン
ハコボとマルタは、かなり長いこと一緒に仕事をしているけれど、必要以上に言葉を交わすことはない。二人の毎日は、ほとんど同じことの繰り返し。
エルマンはブラジルで靴下工場を経営していて、久しぶりに帰国することになった。ハコボは弟が滞在する間、夫婦のふりをして欲しいとマルタに頼み、マルタは承諾する。

無口なハコボ、これまた無口なマルタ。そして、一人だけ陽気でおしゃべりなエルマン。
セリフがほとんどないのに、三人の感情や微妙な変化が浮かび上がってくる繊細な演出。演じた俳優たちの顔も素晴らしい。
全体に漂う乾いたユーモア。そして、唐突ともいえるエンディングが心に残る。
実はどういう話しだったのか、余韻とともにいろいろと想像させられてしまう。

監督は、フアン・パブロ・レベージャとパブロ・ストール。二人とも30歳らしいが、次作が楽しみだ。

「ウィスキー」というのは、写真を撮る時に笑顔を作るための言葉。

ギンレイホールにて。

『メゾン・ド・ヒミコ』をみた

まだ予告編を見る前、チラシを手に取った時点で見ることを決めていた映画。

抑えた色調の写真(平間至)。空の色をバックに白抜きで「私を迎えに来たのは、若くて美しい男。彼は、父の恋人だった。」というキャッチなどに、そそられた。

家族を捨ててゲイとして生きることを選んだ父親、卑弥呼
癌で亡くなった母親の療養費で背負った借金を返済し続けている娘、沙織
そこに、父親の恋人である若い恋人春彦が訪ねてきて、父親が癌で死期が近いことを告げ、父親が営むゲイのための老人ホームを手伝わないかと誘う。

設定は少女漫画のようである。が、犬童一心監督と渡辺あや脚本のコンビは、『ジョゼと虎と魚たち』でそうだったように、どこかファンタジックで、実はリアルな映画に仕上げている。
蔦井孝洋の淡くて美しい映像。細野晴臣の繊細な音楽。

演技というよりも佇まいそのものが圧倒的な田中泯の卑弥呼。
「ブス」って何回も言われちゃう、そんな沙織を柴崎コウ。あの大きな目を見開いて、顔をしかめてるからコワいこと。
若くて美しくて色っぽい春彦のオダギリジョー。ただ、春彦からは老人ホームにいるゲイたちへの家族を見守るような愛は感じられたが、卑弥呼への激しい恋情が伝わってこなかったのだった。とっても色気はあったと思うんだけど。そこが残念。
女の従業員とすぐ関係を持ってしまう細川専務の西島秀俊、即物的で刹那的な存在感がとても良かった。

結局、何も解決していないし厳しい現実は消えていない。それでも、お互いが何かを乗り越え、そして赦すことによって前に進んでいく。後味の良いラストシーンだった。

新宿武蔵野館にて。公式サイトでは、エンディングの歌を聞くことができる。

見ることを決めていたくせに、もう少しで上映終了になりそうになってから見ている間抜けなわたし。
都内ではこの映画館でしか上映されていない『ベルベット・レイン』も見る予定。

『蘆屋家の崩壊』をよんだ

エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」からきているだろうタイトルだし、幻想怪奇短編集と銘打ってるし、耽美な作品を想像して読んだら全く違うので驚いた。
三十路を越えて未だ定職に就いていない猿渡と「伯爵」という綽名の怪奇小説家が、豆腐好きが縁で結びつき、そして遭遇する事件を描く短編集。
猿渡の一人称で語られるお話しは、淡々とそして飄々としているのに、少しずつ歪んでいる。
「反曲隧道」の冒頭から、句読点のない文章のリズムに引き込まれてしまう。
「蘆屋家の崩壊」「猫背の女」「カルキノス」「超鼠記」「ケルベロス」「埋葬虫」と続く。
そして、最後の「水牛群」は圧巻だった。猿渡が苦しみから解放されるラストに心が打たれた。

津原泰水作。集英社文庫。

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