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似ているかどうかより

大学時代の友人宅に遊びに行った。
その友人と娘(小学4年生)が言うには、「ぺ・ヨンジュンは、ハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフに似ている」、だと。
一緒に行った友人(ヨン様ファン)とわたしは、二人して「え〜??」と反対の意を表明。
そこで、わたしが「ぺ・ヨンジュンは、松尾スズキに似ていると思っている」と言ったところ、友人二人は、「松尾スズキって誰??」となってしまった。
そうなのか、知らないのか。でも、そこで二人にわかるように説明できなかったのも悲しいかも。
ちなみに、宮藤官九郎のことは知っているらしい。

『愛していると、もう一度』をみた

東京国際映画祭「アジアの風」部門での上映。

中国語タイトルは、「再説一次、我愛你」と日本語と一緒。英語タイトルは、「All about Love」。(公開時のタイトルは、「愛と死の間で」になった。)
いつもは見ない種類の映画を見るのも映画祭の楽しみ。タイトルから予想していた通り、とてもロマンティックなラブストーリィだった。

アンディ・ラウが、医者とヘア・デザイナーの二役を演じる。
妻を交通事故で亡くした医者のアンディがその六年後の救急処置時に出会った女性は妻の心臓を移植されていた。しかも、その女性の夫はアンディと同じ顔の持ち主だった。
大切な人と一度は別れなければならなかった男が、その命をうけついだ人に出会った時に何をするのか?
そして、愛していると、もう一度言うのは誰なのか?

心臓の移植をめぐる映画で思い出すのは、『HEART』とか『21グラム』など、人間の恐ろしさを描くサスペンスもの。
でも、この映画は ちょっとセピアがかったようなやわらかな色合いで、ちょっとマジカルな映像を混ぜながら、ファンタジックにロマンティックに話しを進めていく。重い素材なのに、後味良く仕上げている。

ラストシーンは秀逸。タイトルがきいている。

ティーチ・インは、ダニエル・ユー監督。
オレンジを切るシーンがあって(このシーンはとても良かった)、香港では「淋しいとか悲しい時は、心が酸っぱくなっている」と言うそうで、そういう意味もこめている、というのが印象に残った。
あと、二役とも「妻を大切にしている夫」という設定なのは、アンディが「ファンのことを大切にしていて、少女的な映画にしたかった」という意図があるらしい。
女性向けには、女に優しくなければダメと思ったということなのかな。

来年は、ジョニー・トゥ監督、アンディー・ラウ/マギー・チャン共演の作品が控えているらしい。楽しみ〜!

『胎内』をみた

芝居が始まってすぐに、設定が戦後であることがわかる。
ある山中の洞窟に、男女二人連れがやってくる。何か事件に絡んで追われているらしい男・花岡金吾とその愛人のような女・村子。
戦争中にその洞窟を掘っていた男・佐山富夫が、そこには居た。
そして、地震によって出口が塞がれてしまい、閉じ込められてしまう三人。
食べ物も空気すらなくなっていく極限状況で、それぞれが自分に向き合い、生きるということを考え始める。

設定は戦後なのだが、とても普遍的な話しであることに驚く。
追いつめられた男たちと女が語る台詞は、人間の本質、生きることの意味を語ってとても魅力的なものだった。ただし、テキストとしては。

残念なことに、演じる役者たちから極限まで追いつめられているという状況を感じることができなかった。
最初から最後まで同じ調子で繰り出される台詞。お腹が空いて足下がふらついているらしいのに、とても元気に見えてしまう男たち。

奥菜恵は、ちょっとハスッパな女をしっかり演じていたと思う。至近距離から見ても本当にキレイだった。

三好十郎47歳、1949年の作品だそう。戯曲の良さはとてもよく分かった。
ろうそくの灯りを効果的に使った暗転はとても格好良かったし、天井から落ちる水など、舞台美術も良く、青山円形劇場に合っている芝居ではあった。

『呪い』をみた

東京国際映画祭「アジアの風」部門での上映。(『この一刻』と同時上映)

ザ・ミッション 非情の掟』『インファナル・アフェア 無間序曲』に出演している フランシス・ン(呉鎮宇)が目当て。
新鋭監督・リー・ホン(李虹)が、中国では珍しいホラー映画に挑戦した、というふれこみ。

北京語で話している。日本語と北京語と英語の字幕がついていて、中国語の字幕は台詞そのまま(だったと思う)。しばらく注目して見ていたが、本人が北京語を話しているようにみえた。
フランシス・ンの役名は、「ジャンユー」で、これは漢字のほうの名前(鎮宇)と同じ。恋人役のティエン・ユエン(田原)も、役名は同じ。

ジャンユーは、舞踊団の照明技師。新しい舞台の主役に選ばれなかったことで、かなり荒れている恋人ティエン・ユエンがいる。
主役の楽屋に忍び込んだティエン・ユエン。そこに、舞台が終わって主役が帰ってくる。そして、主役は毒殺されてしまった。

最初はホラーのつもりで見ていた。リハーサル中に落ちてくるライト、お掃除おばさんの顔に痣があって怪しい雰囲気、守衛のおじさんも何かヘン、とそれなりにホラーっぽくはじまるんだけど、すぐに話しの展開が違う方向にいってしまった。
「毒殺した犯人は誰なのか」というミステリィなんだと納得してみていたら、伏線とか何もない状態(と思った)で、犯人が判明。
結局は、秘密をめぐる愛の物語だった、と理解した。

ジャンユーは、女にモテモテで、ラブシーンもたっぷり。恋人に優しくするシーンは、じっと見つめる目にドキドキしてしまう。
わたしもジュース作ってもらいたい。
あと、ラブシーンでのガラスモザイクシーンには、笑った。

以下、ティーチ・インのメモ。

Q.1: ホラー映画として紹介されていたけど、この映画はホラー映画ではないのでは?
A.1: その通り。ホラー映画ではなく愛の物語として撮った。映画は人間の情感が大事だと思っている。
Q.2: 役名が実際の俳優の名前と一緒なのには、何か理由があるのか?
A.2: 一緒のほうが役にはいりやすいと考えたから。
Q.3: タイトルが「呪い」というのは、良くないのでは?英タイトルは「Curse of Lola」で、これは 劇中公演のタイトルだったし、内容とそぐわない気がする。
A.3: 監督が考えていたタイトルは「秘密」。でも、いろいろと相談した結果、「呪い」のほうが 観客にアピールして集客があがるという判断。見にきてもらって、いろいろ感じてもらう方がよい。
Q.4: フランシスのファン。起用した理由とラブシーンはスタント無しかどうか?
A.4: 素晴らしい俳優だから。ラブシーンは、本人が演じている。本人のコメントでは「女性の監督なので、違ったらお手本をみせてくれると安心して参加することができた」とのこと。もちろん冗談だけど。
Q.5: 香港の俳優が大陸の映画に出る場合には台詞は吹替えになると思うが、本人が北京語で台詞を言っている理由は?
A.5: 演技には、声も重要だということで本人の声を使った。ただし、一部で録音の処理により吹替えがある。彼の「挺好(ティンハオ)」(とても良いという意味)という台詞はとても良かったので、好んで使った。
Q.6: 監督の経歴を簡単に。
A.6: 1993年に北京電影学院にして1997年に卒業。父と兄も映画監督。この作品は2作目となる。
Q.7: 若いし女性だし家族に映画監督がいるし、ということを取り上げられることも多いと思うが、やりにくいことはないか?
A.7: いろいろ言われることは気にしていない。周りからは、三人の李(大李、老李、小李)と言われているが、普通の家族。映画の世界が大変だということも良く理解しているが、映画が好きなのでこれからも良い作品を作っていきたい。

わたしは、「秘密」というタイトルのほうが良いと思ったけど。

『芸術祭十月大歌舞伎(夜の部)』をみた

昼の部が、いつになく早めの15時30分に終わったので、外に出てリフレッシュできた。今月は、夜の終演も20時30分と早め。

「引窓」菊五郎の与兵衛はホントに良いなぁ。嫁のお早と義理の母親お幸への愛がにじみでている。田之助のお幸、魁春のお早も、情がたっぷり。ほのぼのとした会話が微笑ましい。
逃亡中の犯罪者として母親に会いにきた実の息子濡髪。出世した与兵衛の初仕事は、その濡髪を捕まえること。
実の息子である濡髪への思いとの間で苦しむお幸が痛々しい。濡髪は、左團次。
与兵衛とお早は母親を、濡髪は与兵衛と母親をと、みなが思い合う芝居。

「日高川入相花王」いわゆる「道成寺物」。清姫を人形振りで見せる。玉三郎が清姫、菊之助が人形遣い、竹志郎改め薪車が船頭。玉三郎の人形は、三階から見ているとホントの人形のよう。たまに、人形みずから動いているみたいにみえてしまったけど、菊之助もがんばっていた。
船頭が出てきた時は、ホントの人形みたいでびっくりしたけど、足がニセモノだったのだった。付け眉だし。
人形ならでは立ち上ってくる妄執が恐ろしく、そして美しい一幕。

「河庄」十二月に坂田藤十郎を襲名するので鴈治郎としては最後の舞台。
鴈治郎は紙屋治兵衛、相方の遊女小春は、ずっと休演していて昨日(24日)から復帰した雀右衛門。翫雀だと覚悟してきたので、素直にうれしい。
妻子がありながら遊女小春とのっぴきならない間柄となった治兵衛が、兄の孫右衛門の説得により別れるまで、というお話し。
雀右衛門は、はかなげで風情はある。心中を決意しているハラもわかる。けど、台詞が聞こえないのだ。場内全体が、雀右衛門の台詞を聞こうといつになくシーンとしているのにだ。丁稚の三五郎とか孫右衛門の台詞があって、はじめて何を言ったのか想像がつくといったかんじ。治兵衛がどうして怒っているのかよく分からなかった。うーーん、来月の相模が心配だわ。
孫右衛門を我當がやっていて、治兵衛とのやり取りは、これぞ上方といったところだろうか?背格好もちょうど良いし、みていて安心感はあった。
でも、じゃらじゃらじゃらじゃらと、いつになったら終わるんだかよく分からないやり取りには、多少いらつく。
最後、心中はどうなったの?と思ってしまった。こういう話しだったかしら。

これが上方歌舞伎というならば、わたしは苦手だ。

丁稚三五郎をやった翫雀の息子壱太郎。いつの間にか大きくなっていて、なかなかの芝居心を発揮していた。

『芸術祭十月大歌舞伎(昼の部)』をみた

oct_kabuki本日は、歌舞伎座で昼夜通し。

「廓三番叟」華やかで、朝一には良い演目かも。芝雀、亀治郎、翫雀、三人の踊り。傾城よりも新造のほうが色っぽいというのはいかがなものか。亀治郎のお色気に目をうばわれてしまった。太鼓持ちは楽しそうで良いかんじ。

「加賀見山旧錦絵」大姫から信頼されている尾上に言いがかりをつける岩藤。大姫の隼人は、声がひっくり返っちゃうあたりも可愛らしくて、岩藤のことはそりゃあコワいだろうという風になっていた。
でも、岩藤は女形もできちゃう菊五郎なので、あんまりコワくない。上司に可愛がられているキレイな後輩をいじめる先輩OLの"お局さま"といったかんじ。お家転覆を企んでるような大胆さが感じられない。
玉三郎はホントに耐えて耐える尾上。
主思いの元気なお初は菊之助。岩藤に勝利して尾上にたしなめられたり、言動が幼いせいなのか、中性的なかんじ。キレイな女装の男の子みたいなのは、役のせい?
「草履打ち」では、岩藤がそれほどコワくないせいで、その後の「尾上部屋」に続く 死を覚悟するほどの屈辱感が伝わらない。
今回の話しでは、お家転覆の証拠をつかみその信憑性を高めるために死んだように思えた。

この話しって、お初が主役なんだと思った。
松也が求女をやっていて、すっきりした若衆ぶり。立役もどんどんやってほしい。

三階席だったので、尾上の引っ込みをしっかり見ることができなかったのは失敗だった。見ていたら、感想が変わっていたかもしれない。

『無米楽』をみた

東京国際映画祭「アジアの風」部門での上映。

台湾在住の友人から、とても良かったと感想を聞いた直後に、この映画の上映を知って早速チケットを購入した。

「無米楽」は、英語字幕で「No rice, no worries」となっていた。「お米がなければ、苦労もない」といったところか。

稲作に励む3人の老農民の姿を描くドキュメンタリィ。
この3人がそれぞれ良い味を出している。
最も出番が多い75才のおじさんは奥さんとのやり取りがとても楽しい。かなりポンポン言い合っていて、過ごした日々をうかがわせる。おじさんは日本の歌を歌う、これがまたいいかんじ。
あとは、大量の汗をかいて働くおじさんと水牛を使って働くおじさん。

農作業の大変さ、土地への愛がユーモアたっぷりに語られる。
そして、農業をとりまく現状はかなり厳しい。WTO加盟により安い輸入米がはいってきて、米価が下がっているとか。後継者がいないとか。
それでも、見た後の気持ちは暖かい。

映される風景や人々が日本のそれと似ている気がして 描かれていることがとても身近に感じられる。
ビデオ撮影だろうか、デジタルくさい箇所がみられたが、色がとても鮮やかでキレイだった。

そして、話される言葉は台湾語だったと思う。
台湾で大ヒットした作品だそうだ。

『御園座 吉例顔見世(夜の部)』をみた

夜の部は、「白浪五人男」の通し。

序幕三場は、普段は上演されないところ。
確かに、赤星十三郎と忠信利平の人となりがわかるので、勢揃いでの名乗りがわかりやすくはなるかも。日本駄右衛門と弁天小僧菊之助との出会いもあるし。
でも、通常上演されないのもわかる、それほど面白みのない幕。
だんまりがあって、その途中で襲名披露の口上があった。口上は、芝翫、仁左衛門、三津五郎、そして勘三郎の四人。

二幕目。弁天小僧といえば「浜松屋の場」。若党を連れた武家娘が浜松屋で万引きを疑われるが、濡れ衣ということで大金を要求。奥から出てきた武士によって、娘が本当は男であることを見抜かれて、正体を現す。この時の台詞が有名な「知らざぁ言って聞かせやしょう」。この台詞で場内がわいた。
この辺りまで、弁天小僧菊之助の勘三郎と南郷力丸の三津五郎の息もぴったりで手馴れたもの。
その後、通常とばされる「蔵前の場」。ここで、先ほど菊之助の正体を見破った武士が実は盗賊の首領日本駄右衛門であることを明かすんだが、その時の駄右衛門が、ものすごく格好良い。さすが、仁左衛門。
そして、浜松屋の息子が駄右衛門の実の息子、菊之助が浜松屋の実の息子であることがわかる。ここで、場内は大爆笑。確かに滑稽ではあるかもしれないが、そんなに可笑しいかなぁ。

三幕目もあまり上演されない。屋根の上の立ち回りは見せ場の連続。棒を使ったり十手を使ったりと 派手な立ち回りに場内大盛り上がり。
山門の場、駄右衛門の立派な見栄の後、勘三郎、勘太郎、七之助が登場して締め。流れとしては少々唐突なかんじだが、襲名披露としては良い締めかなと。

昼夜通しは、かなり疲れたけど楽しい遠征だった。

『御園座 吉例顔見世(昼の部)』をみた

maneki 「十八代目 中村勘三郎襲名披露」中の名古屋・御園座へ遠征してきた。
歌舞伎座では見られない、まねきが楽しい。

「お国と五平」この演目に対する予備知識など全くないままに、観はじめた。
幕が開くと、舞台の奥行きをいかした一面のススキ。音楽も歌舞伎っぽくなく、サスペンス調で、何だかいつもと違うかんじ。
奥から、橋之助が演じる五平と扇雀が演じるお国が歩いてきて、休みをとる。ここで、旅の目的が夫の敵討ちだということ、すでに3年が経っていること、五平は奉公してまだ年月が浅いのにもかかわらず旅のお供をしていること、などが語られる。二人が交互にかなりの長台詞を語るんだが、これに飽きることなく、引き込まれてしまう。
「足に豆ができて痛い」と言うお国の足をかいがいしく手当する五平。この場面がかなりねっとりとしていて、ただならぬかんじを匂わせる。
そうこうしているうちに、尺八の音が聞こえてくる。旅の途中、二ヶ月ほど病床に臥せっていた時、宿屋の窓の下で毎日尺八を吹いていた虚無僧ではないか?そして、この虚無僧は敵である友之丞ではないか?と疑うお国。
どんどん近づいてくる尺八、現れる虚無僧。音楽も効果的にはいって、場内の緊張が高まってくるのが感じられる。
虚無僧が編笠を脱ぐと三津五郎が演じる友之丞。その後、お国の夫を殺した理由とか、後を追ってきた理由など、驚愕の事実が次々と明かされていく。

友之丞のあまりにも身勝手な理屈を説得力ある演技で見せる三津五郎。

長々と書いてしまったが、とにかく、三人の濃密な芝居に圧倒された一幕。歌舞伎というよりは、現代に通じる芝居として興味深く観ることができた。

この脚本って誰なんだろうか、と終演後にチェックしたら、なんと谷崎潤一郎作。
音楽は、仙波清彦。うーん、素晴らしかったです。

maku「口上」勘三郎は、とってもリラックスしているようにみえた。

「連獅子」この襲名披露で、最も成長しているのは勘太郎ではないかしら。
仔獅子というには、余裕がありすぎかもと思うくらい、大きくのびのびと踊っている気がした。七之助がんばれ。
終演後、そこかしこから「55回だったわね」「58回よ」「53回もまわしてたわ」と、回数を言う声。みなさま、数えていらっしゃったのね。おつかれさま。

「河内山」これが目当ての遠征だったのだ。
序幕、仁左衛門が演じる河内山は、質店・上州屋に金をせびりにくるようなワルのお数寄屋坊主。ワルな口調もポンポンと小気味よく、キセルの扱いもステキで思わず見とれてしまう。殿様が妾にしたいというのを断って困った状況にある質屋の娘を助けるかわりに、法外な要求をするやり取りも楽しい。
二幕目、権力絶大な寛永寺のお使い僧に化けてお屋敷に乗り込む姿は、序幕とのギャップがステキ。出雲守を演じる三津五郎が 無体なんだけどお殿さまらしくてやっぱり良い。ご使僧に化けても「山吹色」にこだわる河内山。化けの皮がはがれて、開き直る河内山。悪役の大膳を演じる背の高い弥十郎とのやり取りもばっちり。
最後の「ばかめ!」も納得の気持ち良い「河内山」だった。

『夢の仲蔵千本桜』をみた

幕が開くといきなり「義経千本桜」の舞台。「鳥居前」「大物浦」「吉野山」のダイジェストが次々と入れ替わり、楽屋がセリ上がってくる、そこまでのスピーディな舞台転換には ぐっと引きつけられるものがあった。
そして、続く楽屋でのやり取り。敵役の中村大吉を演じる市川高麗蔵が、暗い凄みをみせている。大谷友右衛門の河竹新七もなかなか良いかんじ。

松本幸四郎演じる初代中村仲蔵が、森田座の座頭を初めて勤めることになった興行中に、次々と思いがけない事件が起こり、市川染五郎演じる仲蔵の愛弟子の此蔵が謎をといていくが、、とミステリィ仕立て。
「板の上で狂えるのが役者」という、演じることへの執念が伝わってくる仲蔵と此蔵のやり取りが凄かった。

仲蔵が主役かと思っていたら、此蔵だった。(カーテンコールでも最後に出てきてた)
この二人の関係が現実の二人にダブるのはもちろんだが、大部屋俳優が看板役者へとのぼりつめていくという、現実とは逆の設定というのもなかなかスリリング。

冒頭以外にも、劇中劇として「義経千本桜」の場面が何回も出てくるのは、少々疑問。場面の選び方も「どうしてそこなの?」と思ってしまった。「歌舞伎の醍醐味と華やかさ」をねらっているにしても 本筋を中断しているようにしか思えなかった。
「四の切」の染五郎は、多分初役だろうか?狐言葉だということがあまりよくわからないし、狐の仕草も今ひとつだと思ってしまった。
宗之助は、すっきりと情がある静御前になっていると思った。
最後の「碇知盛」は流石の立派さで、舞台を締めている。

(おまけ)
終演後の通路で、幸四郎夫人と染五郎夫人、そして染五郎Jr.が、ご贔屓に挨拶しているのに遭遇。
染五郎Jr.は、まだ赤ちゃんだけど、目鼻立ちがきりりとしていて可愛らしかった。

『ナイト・ウォッチ』をみた

東京ファンタスティック映画祭のクロージング作品。
はじめに、次世代プレイステーション [PS3]用ソフト「METAL GEAR SOLID 4」の予告編が上映された。映画館(しかもミラノ座)の大スクリーンでもまったく違和感がないCG映画のような高画質。でも、「だから何なの?」と思ってしまうのは、最近の3Dゲームについていくことができないわたしのボヤキ?

さて、本題の『ナイト・ウォッチ』。(以前、ユアン・マクレガー主演の同名映画があった)
現代のモスクワを舞台に人類の"異種"が "光"の側と"闇"の側とに分かれて戦っているという、結構よくあるかんじのお話し。
主人公が"異種"と知らされる12年前の回想シーンは ぐちゃぐちゃで何だかわからない混沌としたかんじで おぉと思わされた。呪術師(?)の女の人がヘンだし、セルロイドの人形にクモのような足のはえたクリーチャが気持ち悪くて好き。
でも、現在パートになってからは、なんとなく中途半端な印象を受けてしまった。なんだか間抜けな"異種"たち。アクションシーンのBGMがデス系なのも結構笑える。"光"の側が、パソコン使って「ソフトが古いせいだ」とか言っているし、"闇"の親玉は、ゲームで戦いのシミュレーションしている。
それなのに、やたら壮大な構造なのがそぐわないかんじなのだ。
まぁ、3部作の1作目なのでまだ全貌はわからないんだけど。。

最新の視覚効果が売りのロシア発映像革命らしいけど、それほどスゴい映像はなかったように思う。
でも、英語字幕はこっていた。色を変えたり、出す場所が違っていてセリフみたいだったり、分割して出したり。これは面白かった。

あと、米20世紀FOXが待ったをかけて、日本公開が保留になっているらしいとのこと。そのせいで、上映前と後に「こんな素晴らしい映画を上映しないなんて日本映画界の損失」みたいに 大げさにあおっていた。
残虐シーンがあることが理由らしいけど、個人的には「どこが?」という感想。
シネセゾン渋谷あたりのミニシアターでレイトショウ上映かな、といったかんじの作品だった。

"闇"の側でヴァンパイアが出てきて 蚊が使徒的存在になっていた。血のイメージとか音とか かなりイヤな存在感を出しているんだけど、「米20世紀FOXに 蚊が嫌いな人がいるから上映中止になったんだよ」という連れのコメントが笑えた。

英語の公式サイトは ここ。ヘンなクリーチャが動きます。

今日は「4」の日

近頃すっかり「おばあちゃんの原宿」として定着したと思われる巣鴨の地蔵通り。
TVのインタヴュウでも、サラリーマンは新橋、老人は巣鴨というのが定番だと思う。(若者は、渋谷?原宿?)

最近では、はとバスがくるほど観光地化していて、観光客向けの店もどんどん増えてきて 町並みも変わってきた。(大きな煎餅屋ができたり本屋がつぶれたり)

地蔵通りでは、「4」が付く日(4日、14日、24日)が縁日で、道の両側にずらりと露店が並び、大変な人出となる。
界隈に20年近く住んでいるせいか、別に地蔵通りに行くわけではなくても「4」の付く日には敏感だ。何があるわけではないのに、「今日は4(よん)の日だなぁ」と朝に思ってしまうのだった。(本当にそれだけだが)

『ミリオンダラー・ベイビー』をみた

アカデミー賞の主要4部門を取ったりで情報がイヤでも入ってくるし、予告編にもあまり心引かれなかったりで、見ていないうちにロードショウが終了。まぁ、ご縁がなかったことで、と割り切っていたところへギンレイホールでの上映が決定。シネマパスポート持ってるし、見ることにした。

実の娘から絶縁されている初老のボクシングトレーナーと、家族とうまくいっていない女性ボクサーとの間に育まれる絆。そして、輝かしい成功の後に待ち受ける運命が予告編である程度ほのめかされていて、予想できる重い展開ゆえに見に行くことをためらってしまっていたのだった。

少々斜めに見始めたわたしだったが、クリント・イーストウッド監督に完敗!。確かに「シンプルなラブストーリィ」だった。それも極上の。

女性ボクサーを演じるヒラリー・スワンク、サンドバッグのたたき方にリアリティがあった。最初のうちは本当に下手そうで手首折りそうだと思えたし。
タイトル・マッチの時に、トレーナー(クリント・イーストウッド)に向ける眼差しに泣けてしまった。

確かにラストは重い、しかし、見終わった後のさわやかとすら思える感情はどうしてなんだろうか?
エンドロールで流れる曲も素晴らしく、余韻に浸ることができた。

公式サイト

『天保十二年のシェイクスピア』2回目をみた

1回目は2階後方センタ席から、今回は1階右手バルコニィ席。(1回目の感想

全体の印象は変わらないが、観る位置が違うせいなのか、こちらの体制が整っているせいなのか、細かいところを楽しむことができた気がする。

役者たちが楽しそうに演じる様が最初っからびんびんに伝わってくる。
「もしもシェイクスピアがいなかったら(プロローグ)」も、耳に残ってステキ。

で、前回も素晴らしいと感じた木場勝己。パンフレットに書いてある「舞台の進行中に、空気のようにいる方法」を見つけてる。
ふと見ると、「あ、ここでもいる」ってかんじ。

あとは、関八州親分衆。吉田鋼太郎のヘンなメイクと百面相にプルプルと笑ってしまった。黙っている時でも、ヘンな表情をずーっとしているから目が釘付け。

前回は好演だと思った篠原涼子。疲れていたのか、力がはいりすぎているかんじがしてしまってあまり感心できなかった。前で見ると、ドスドス歩いているのが気になったし。でも、ソロで歌うバラード曲では、アイドルコンサートに来たような気持ちにさせてくれたので良しとする。

唐沢寿明に萌えなかったことに気づいた。細くて神経質そうだからかなぁ。"おさち"を好き好きでそれゆえに破滅してしまう、というのがちょっと腑に落ちないかんじだった。

細かいことをいってしまうと、「チャンバラの時の音はなによ」とか、「プロローグの歌以外は、単調で退屈かも」とかあるのだった。
それでもエピローグで、墓場からぞろぞろと死人たちがでてきて、再度「もしもシェイクスピアがいなかったら」を歌い踊られてしまったら、もうそんなことはどうでもよくなってしまう、そんな幸せな舞台だった。

ユーロスペース

ブレイキング・ニュース』(監督:ジョニー・トゥ)が、「シアターN渋谷」という現在の「ユーロスペース」を改装した映画館で公開されるというニュース(これ)を知って、「ユーロスペース」はなくなってしまうのかぁ、と思ったのは先月のこと。
ユーロスペースのサイトに情報の掲載はないけど、どうも「ユーロスペース」は移転するらしいと知ったのが、本日。(ユーロスペース振興会だより
検索してみたら、既に(9/15)日版のニュースリリースで、ユーロスペースの新館移転の件には言及されていたのだった。

わたしが初めてユーロスペースへ行ったのは、『ZOO』(監督:ピーター・グリーナウェイ監督)。はっきり覚えているのは、それを見てからいわゆるミニシアターに通うようになった、きっかけだからだ。
ピーター・グリーナウェイ監督の作品は、『8 1/2の女たち』(1999)以来お目にかかっていないけれど、どうしているんだろうか?

馴染みの映画館(の名前)がなくならなかったはうれしかった。

不協和音

北区と豊島区が接する辺りに住んでいる。
夕方になると、良い子に帰宅を促すための音楽が放送される。(以前はその旨のアナウンスがはいっていたが、最近は音楽のみ)
で、それぞれ「ふるさと」「夕焼け小焼け」と違う曲なので、同じ時間帯に流されると大変気持ちが悪いことになってしまう。(同じ曲でもずれたら気持ち悪いよね)
どちらかの放送時間が 秋分の日から18時から17時に切り替わってずれているうちは良かったが、10月になったらまた両方とも17時になってしまった。
だからといって、どうしようもないんだけど。たまに家にいると気持ち悪さを実感する。

とりあえず

本日発売の東京国際映画祭のチケット。
ここ何年かは、認知度があがったせいか取りにくくなって、値段もあがったし指定席になったり会場が六本木メインになったりといろいろ変わるなか、最近はとりあえず何か見ておくか、くらいの参加意欲。

とりあえず、10時からネットと電話の両方でアクセスした。
電話がつながって、Pコード、日付、時間、枚数まで入力したら、「受付できません」というメッセージが応答した。「何でよ!?」と思って、よーくぴあをチェックしたら、発売初日は、電話番号が2種類(特電と通常番号)あって、わたしが取りたかったチケットは、特電ではなくて通常番号でかけなければならなかったのだった。(発売初日特電ってあったから、そっちでかけてた。)
わかんなかったよぅ。

とりあえず、人気作だろうとあきらめてたやつはやはりダメ。それ以外の3回分を取った。ふぅ。

『スキャンダル』をみた

ペ・ヨンジュン主演で話題となった映画のリバイバル上映ということで見に行った。

特にぺ・ヨンジュンのファンというわけではなく、ラクロ作の「危険な関係」のほうに興味があったので。スティーヴン・フリアーズ監督の『危険な関係』(ジョン・マルコヴィッチ、グレン・クローズ、ミシェル・ファイファー)と『クルーエル・インテンションズ』(ライアン・フィリップ、サラ・ミシェル・ゲラー、リース・ウィザースプーン)は見たことがある。特に、ジョン・マルコヴィッチがステキだった。

李朝の雰囲気を表す調度や装飾、衣装が素晴らしいのだが、もう少しねっとりと撮ってほしかったかな。
いきなり、裸の女を絵に描いているぺ・ヨンジュンにびっくり。おぉ、しかもエロシーン全開。裸はバンバン出てくるし、ベッドシーンもしっかり映していて、逆にエロティックさを減じているような気がした。ぺ・ヨンジュンの生お尻もバッチリだし。そんなものは別に見たくないんだ、と思ってしまった。
貞淑な未亡人を演じていたチョン・ドヨンがぺ・ヨンジュンに落ちた瞬間の表現と初めての恋にとまどって相反する行動をとってしまうペ・ヨンジュンの表情にはとても心動かされた。
前半は、音楽がバロック調だったこともあって、なんだか軽い印象。まぁ、狙いだったのかもしれないが、後半のトーンは少々変わってしまったので、全体としてチグハグな印象を持ってしまった。

ファンの人には納得できないかもしれないが、本作の眼鏡無しヨンさまって、"キレイな松尾スズキ"に見えてしかたなかった。その辺も、映画の感想に影響しているかも。

シネカノン有楽町にて。(公式サイト

『頭文字D THE MOVIE』をみた

原作は絵が好みではなかったのだが 周りの評判があまりに良いので読み始めた。読んでみたら、車に全く詳しくないわたしにもドリフトのスゴさが伝わってくるものだった。音の表現が秀逸だったし、ぶれる車体の表現がリアルだと感じた。

原作にはそれほど思い入れがないせいか、かなり楽しく見ることができた。
吹き替え版で見たので、吹き替え調の少々大げさな台詞回しに最初とまどっていたが、カー・バトルがスゴいので それどころではなくなった。
原作ではそれほど全面に出ていなかった印象の"なつき"だけど、予想以上に比重が高くて驚いたが、拓海の成長にあわせてうまく絡めていたように思う。
ジェイ・チョウが、拓海役にはまっている。普段のボーッとした表情が良い。
エディソン・チャンの高橋涼介は、もうイメージぴったりで笑ってしまった。高橋兄弟としてではなく一人にしたのは、映画をすっきりさせるため仕方ないと思われる。
でも、裏の主役は、拓海の父・文太を演った、アンソニー・ウォンだろう。酔っぱらいの親父役を楽しそうに演じて、かつての"秋名の神"としての存在感を存分に見せてくれた。

予告編を見て期待していたカー・バトルは想像以上。音が臨場感を盛り上げていた。
漫画の実写化として、これ以上は求められないのではないのだろうか。

アミューズCQNにて。(公式サイト

他所の犬を愛でる

最近、犬を好きになっているのを自覚する。
例えば、映画を見ている時に 画面に犬が映るともうそっちに目がいってしまって ストーリィを見失うほどだ。(馬でもそうなるけど)

飼ったことがあるのは、猫。猫好き仲間の祖母が中学生の時に亡くなってしまったら、家族に味方がいなくなってそれから飼っていない。
自分ではずっと 猫派だと思っていた。

今住んでいるマンションに引っ越してから、近所に犬を多く見かけるようになった。いつも通る道の脇にあるガレージで 多分ミックスの犬が2頭飼われていて、そいつらにはいつも無視されていた。目があってもスーッとそらされるし、おとなしい犬たちだと思っていたのだ。
ある日、飼い主さんと一緒にいる時に遭遇したのだが、別の犬かと思うほど態度が違っていた。ブンブンとシッポを振って、飼い主さんを見つめるまなざし。多分、これがきっかけだったんだと思う。それ以来、飼い主といる幸せそうな犬を見るのが楽しみになった。
自分で飼おうとは全く思わないし、犬と触れあいたいとも思わないけど。
それ以来、近所で見かけることのできる犬に勝手に名前をつけて愛でている。

最近、きっかけになった犬のうち1頭を見かけなくなった。かなり高齢だったらしく、この夏の猛暑がつらそうだなぁと思っていたので、もしかしたらと悪い想像をしている。でも、確かめることはできないのだった。

更に、「某作家の愛犬が実は亡くなっていた」ということを知り、その作家の日記等で馴染みだっただけにちょっとショックを受けた。

最近、ちょっぴり犬派のわたしなのだった。

『吉原御免状』2回目をみた

2回目のせいか、落ち着いて観ることができたような気がする。(1回目の感想
それでも、しつこいようだけど、堤さんの殺陣は本当に素晴らしかった。
追いつめられて 初めて二刀流の形になった瞬間の格好良さ。構えが低くてタメがきいているので、間合いをはかっている時の姿が本当に強そうにみえる。

でも、その格好良い"誠一郎"に絡む女たちに少々物足りなさを感じてしまった。
特に、高尾太夫とおしゃぶ。いっそ いないほうが良いかもと思ったりしたが、そうすると"吉原"という場所の存在感がなくなって、ラストに説得力がなくなるのか、うーん。
濡れ場もちょっと目についてしまった。大人の新感線としてはやりたかったのかもしれないけど、1組くらいでよいと思う。

藤村"幻斎"さんは、それほど問題なしだった。けど、前回、あまりにもヘンな間とか、他の人の台詞とかぶってしまったりとかがあっただけに、長台詞の時など 妙に緊張させられた。この人にしかない存在感がスゴいとは思うんだけど。

青山劇場に出現した吉原は、歌舞伎の吉原とは全く違って、ちょっと妖しい遊郭だった。しばらく、殺陣の余韻に浸りそう。

本日のカーテンコールでは、堤さんと橋本じゅんさんが、アンガールズ風(?)のポーズをお茶目にきめていて、可愛かった。

『MONSTER』最終回をやっとみた

先日ちらりと書いたが、最終回を迎えた『MONSTER』をやっとみた。

MONSTER』 は、ビッグコミックオリジナルで連載されていた作品のアニメ版。連載中は毎回楽しみに読み、連載終了後には単行本全18巻を購入して一気読みした。
かなり忠実に アニメ化しているので、イメージを壊されることが全くなくて、ストーリィ展開を知っているはずなのに、毎回、どきどきしながら熱心に見ていた。
アニメ化されて素晴らしかったのは、特に音楽と効果音。これは、アニメならではの利点を活かしていたと思う。
あと、場面の切り方。オープニング前の短いエピソードは、"前回のあらすじ"の時もあれば "今回のイントロ"だったり、長さもいろいろで その後にはいるオープニングタイトルへのつながり方が 毎回格好良かった。CMへの入り方、エンディングタイトルへのつながり方、いつも「ふぅぅっ」と声を出したものだ。

最終回は、当然原作と同じで 解釈の余地がいろいろあるもの。さすがに、まだ18巻の原作を読み返す気にはなれないが、もやもやとした謎がまだ胸にくすぶっているかんじがする。そこが良いのだ。

ハリウッドで映画化が決定されたそうだけど、原作に忠実にやればものすごい長さになってしまうはず。アニメだって、全74回だったし。
どこかを抽出するにしても、どこをどうやるつもりなのだろうか?難しそうだ。
実写版を作るなら、ドラマ化のほうが良いと思うんだけど。

「セブンソード」をみた

なんとなく短い時間の映画だと思って行ったのに、実は 153分もあってびっくり。それでも、内容てんこ盛りで、ダイジェスト感の強い作品だった。
原作の武侠小説「七剣下天山」が、それだけ壮大な小説だったのだろうけど。

冒頭のアクションから、スゴい。パンクなルックスの悪玉たち。残酷で非道な殺戮が何の説明もなく繰り広げられる恐ろしさ。
最近よく見る、重力に逆らったワイヤーアクションとは違う立ち回り。
ドニー・イェンは、本当に目にもとまらぬ美しさ。特に、最後の見せ場、壁と壁に挟まれた場所での 剣を使ったアクションがスゴい迫力。こんなの初めて見た。

七剣(セブンソード)というから、それらの剣を持つ剣士たちも七人。剣それぞれの特色も語られないし、剣士たちそれぞれの個性はそれほど全面に語られないし、七というのは語るには多すぎる。更に、女は絡むし、悪役にも過去がありそうだし。
結果として、七人の結束がよくわからないことになってしまったのは残念。
多分、きっちりやったらものすごい長さになってしまうんだろうけど。
長い版があったら、見てみたいと思った。

六本木ヒルズにて。(公式サイト

「チャーリーとチョコレート工場」をみた

ティム・バートンって、それほど好きなわけではないのに、ちょっと気になる監督だ。巷ではブラックと評される作風だけど、わたしには、ウェットなかんじが鼻についてしまうこともある。前作、『ビッグ・フィッシュ』なんて、そうだった。
今度の作品はかなり評判が良いので、天の邪鬼なわたしとしては少々不安な気持ちで映画館へと向かった。

チャーリーの家はとっても貧乏で、それがあまりにも徹底していて笑っちゃうくらいだ。チャーリー役のフレディー・ハイモアは、姿は可愛らしいクセに何だか大人びて疲れたかんじが 貧乏一家の息子役にぴったり。両親役の二人も 貧乏臭いかんじがとても良い。
これ以上ないくらいにイヤーな子供たち。ウンパ・ルンパたちのステキなダンス。『2001年宇宙の旅』へのオマージュ(とバートン本人がいっていた)はそこまでやるかの作り込みようだし。見所はたくさんある。
シザーハンズ』を思い出させる要素の数々。でも、ウォンカさんはエドワードよりも幸せになれたのじゃないかな、チャーリーのおかげで、と思えた。

上映前からチョコレートの香りがしていて、「誰か食べているんだろうけど、臨場感あるな」くらいに思っていたら、終わりまで香りが持続していた。後で、映画館側の演出だということを知って、なるほどと納得。

ゴールデンコンビとされる、ティム・バートンとジョニー・デップだけど 今回が4作目。案外少ないなぁという印象。

六本木ヒルズにて。(公式サイト

映画の日は シネマスロンと思ったが

10月1日は、映画の日。
で、シネマスロンをしようということに。
シネマスロンというのは、漫画家の吉野朔実さんが ずーっと前に"ぶーけ"という雑誌(今は発行していない?)で映画を紹介する連載をしていた時に、一日にできるだけたくさん映画を見る試みをそう呼んでいたことから借用している。この用語を我が家では気に入っていて、一日に三本以上映画を見ることを表すのに使っている。

本日は、『チャーリーとチョコレート工場』『セブンソード』『頭文字(イニシャル)D THE MOVIE』に決めて、出かけた。

結果、先週から引きずっていたカゼの悪化により、2本で断念。
うーん、エンターテインメントを楽しむにも、体力が必要だと実感した一日。

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